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泣いたもん勝ち?

小学生の時、給食のおかわりや係決めで恨みっこなしのじゃんけんをしたのに負けて泣いてしまう子がいたと思います。その一方で、泣いている子を見て思わず譲ってしまう子もいました。
思い通りにならなくて泣くのは、幼い子にとっては自己主張の手段であるし、泣きたいわけではないのに涙が出てくることもある。このことについてはまた別で書きます。今日は思わず給食を譲ってしまった子の話をしましょう。

私は言葉を選ばずに言うとこの泣いたもん勝ちの世界が、小学校では終わっていないように思えるのです。辛いと大勢の前で声を上げた人が守られ、人前で泣けず頑張ってしまえる人が加害者で、理不尽な状況でも頭を下げなければならない。
助けを求めることができるのはとても大事なことで、それを全否定するつもりはありません。嫌味なしで、羨ましいくらいです。しかし、もっと大変な思いをしている人もいるはずだ、これくらいなら自分で解決できるはずだと考えてしまう人も少なくないと思います。
最近は「こんなに大変な状況なのにメンタル強いね」なんて言われることがありますが、褒め言葉として素直に受け取れません。その度に私も辛いと言って投げ出したいと何度思ったことか。

大人になったら理不尽でも意味が無くても謝らなきゃいけないことは沢山あるよ、社会に出る前に勉強できてよかったじゃん。今は大変だけどステップアップに繋がるから。なんて聞き飽きたんだよ。社会人はそんなに甘くないっていうことも分かってる。大声で言えないけど、それに代わってくれる人もいないし元はと言えば自分で引き受けたことだっていうのも分かってるけど。

私のせめてもの救いは、話を聞いてくれる身近な人がいるということです。抱えていることの関係者ではないから、その人たちが何かしてくれるわけではないけれど、とても大切な存在だと思っています。しかしその大切な人たちに負担をかけ過ぎたくないので声をあげる勇気が欲しいし、声をあげられずにいる人に気付ける人でありたいです。


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