【小説】映るすべてのもの #1
──耳をくすぐる気配がまた。こんな日はそう、はじまるのだ。
瑠衣が今日の下校時に見た、まっ赤にやけた夕映えはきれいだった。
しかし6月の下旬、ほどなくしてなまり色の雲に空は覆われだした。
外のようすを見ようとカーテンに手をのばすと、ほぼ同時に音がする。
偉大な歌手が頭をさげると自然にわきおこるような拍手にもにた6月の雨音。
そう、こんな日ははじまる率がたかいのだ。
ねこ集会ならぬ「鏡集会」が。
鏡同士がかたりあい、情報を交換したり交流をもつこと。
人間のような言葉ではなく、ひとつの単語らしきものにたくさんの意味がこめられていたり、ラジオの周波数がなかなかあわないようなバイブレーションじたいにニュアンスがある。
鏡の言葉、とするのならそうあらわせるかもしれない。
ものごころついたころから瑠衣は鏡の会話をきいていた。
それが鏡同士の会話だと気づいたときもなにも思わなかった。つねに耳のそばでながれていた会話から、いつのまにかすっかり瑠衣は鏡語を習得してしまっていた。
大抵の鏡集会は夜にひらかれる。その主たる面々も大体がきまっていた。
ひとりは瑠衣の祖父がなくなり家をかたした際にひきとったとされる古びた彫刻がほどこされたアンティーク調の姿見鏡。
いま瑠衣のすんでいる3LDKの中古マンションにはそぐわない歴史を感じるおおきな鏡だ。
ついで瑠衣の母みゆきの嫁入り道具である木製でつくられたシンプルな楕円形の鏡台。
そして高校2年生になりすぐに瑠衣がメイク用に雑貨屋で購入したシャンパンゴールドカラーでふちどられた正円形の卓上ミラーだった。
鏡の会話になれていたつもりでも勉強机においてある卓上ミラーが会話に参加しだしたときには、さすがの瑠衣もぎょっとした。
みゆきがほんとうに鏡の声がきこえているのかいないのか。実はまだ瑠衣はうたがっている。いや、むしろあわい期待をよせていた。
しらんぷりをきめこんでいるだけじゃないか、そうなのかはわからない。みゆきは虚弱な体質のせいか、ものごとを敏感に感じとる性分だからだ。だが、がんこな一面もある。瑠衣がたずねたところで正直にこたえてくれる可能性はすくないどころか、話がこじれると瑠衣を心配してくるだろう。
一方で父の康弘はここ数年、単身赴任で年に数回家にかえってくる程度の生活がつづいている。日々のようすやその性質上、康弘には鏡の声が届いていないことを瑠衣ははやばやと肌で納得していた。
雨音のいきおいがましてきた。きなり色の壁にかかったディズニーのかけ時計に目をやると10時をまわっていた。
おもったるいむしあつさを洗いながしてくれる雨のはげしさ、雨のにおいをのせた雨風はしめきった部屋までよくとどく。
家でじっとしている雨の日はきらいではなかった。毎年のこと、よくあることなのに、いつもおなじようでいつも新鮮な感想をいだく。こんなことをくりかえしながら、ひとはきっとなにかを見つけていくのだろう。
ふいに胸にちいさなくすぐったさがこみあげ瑠衣の首がぶるっとふるえた。拍子にゆれたセミロングの髪がくちもとにかかる。うす茶色の髪を右耳にかけながら思う。
感想や言葉がどんどんこまかくなるということは鏡たちの会話をしらずしらず理解してきたときにもたどった道だった。
──玄関近くにおかれた姿見鏡の声がきこえる。
「……ならぬ。よいか、われわれ鏡一族が言葉を話せるということは人間にいっさいしられてはならぬのだ……」
(い、いまさら?)
パジャマすがたの瑠衣はあわててベッドにもぐりこんだ。まだねむくはない。ねむくはないが今夜はしかたがなさそうだ。
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