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【小説】映るすべてのもの #2

「われわれ鏡一族が言葉を話せるということは人間にいっさいしられてはならぬのだ……」

 ときどきアンティーク調の姿見鏡はとても大事だと言わんばかりのかたりをはじめる。日常かわされる鏡たちの会話。ふだんの瑠衣は自然なBGMのようにききながすことにしていた。しかし今夜のような姿見鏡の雰囲気にはたぬき寝いりをするようになった。気をつかった無視もつかれるのだ。机の前でいつもどおりをよそおうよりも多少だが気はらくになる。


「どういうこと? 長老」
 姿見鏡に反応したのは母みゆきの鏡台だった。

「わたしたちの鏡語は人間につたわらないようにできてるじゃない『いっさいしられてはならぬ』って、いっさいしられることはないでしょう?」

「ああ……そうだったな。鏡語はそうだ。あれからずいぶんときも経ってあのできごとをしらぬものもふえてしまった。よいのかわるいのか……」

「なになになに? どういうこと?」と、鏡台は前のめりになった。
「なんだ?」瑠衣の卓上ミラーもわかりやすく興味をしめした。

しずかにたぐりよせた記憶をゆっくりはきだすように姿見鏡はいった。
「──われわれ鏡族はその気になれば人間の言葉が話せるのだ」

「え!」「お!?」
「え」は鏡台。「お」は卓上ミラーの声、さけび。

「人間語が封印され、ずいぶんわしも使ってないがな……『コンニチハ』ゴホッ!」

「……ほんとだ」
「すげえ……」

「ゴホッ……それで、だ……われわれ鏡族が言葉を話せることは人間にいっさいしられてはならぬ」

「どうして?」と、鏡台。

「どうして? われわれのつとめをしっているか。もう鏡族のものですらわすれてるやつも多いだろうが、わしらのつとめは『事実』を映しだすことだ。人間というものは感情でゆらぐ生きものだとおまえたちもしっているだろう。われわれをのぞいた人間のそのままを、ゆらぎやゆがみでさえも映しだすのだ。その場で事実に気づく人間はほとんどいないがな」

「なぜ人間語が封印されたの?」
頭のなかで理由をさがせなかった鏡台が問いをかさねた。

「それはおれもききたいな。やすみの日、瑠衣のやつがおれにむかって化粧するだろ? まぶたを急にひっぱったりおどろくことばかり見せられるんだって! あれ笑いをこらえるのけっこう大変なんだよ……」
 卓上ミラーが天をあおぐそぶりをした。

「あら、瑠衣ちゃんはかわいいのよ。なーんにもわかってないのねえ。瑠衣ちゃんが幼稚園ぐらいだったかな。こっそりみゆきさんの口紅をぬってわたしのほうを見てきょとんとしたんだけど、口紅がめいっぱいはみでた様子からしぐさまでかわいいったらありゃしなかった」
 カタッと鏡台のひきだしがなった。

「あのすがたはいつまでも忘れられない。鏡に生まれてよかったって、わたし心底はじめて思ったんだから!」
 思いがけない鏡台の言葉が胸にひびき瑠衣はあわてて枕に顔をうずめた。


「──今晩はなかなか鏡語の言葉がよくとおる日のようだ。ちょうどいい、おまえたち有名なあの事件をしらないか?」
 姿見鏡が白いひげをなでながらふたりの鏡をみすえ、かたりはじめた。

「事件?」声をそろえた鏡台と卓上ミラーは顔をみあわせた。

──世界でいちばんうつくしいのはだあれ?

「その問いに人間語でいちいち事実をつたえたあの鏡だ。魔法の鏡ともよばれたあいつだ。『白雪事件』仕事熱心なやつだったがな、あれはもはや集会ではなかった。鏡族の大会議だ」

「白雪姫のままははね」
「おれもしってる」

「魔法の鏡とよばれたあいつをかばうわけではないが有名なせりふがあるだろう『世界でいちばんうつくしいのは白雪姫です』あの言葉、たんに事実をいっただけではない。あいつのあやまちとされた部分の核はあいつがままははに恋をしてしまっていたところだったのだ」

「え!」
「まさかそんな裏エピソードが?」

「美とされるものにとりつかれ、あせりながら鏡に話しかけていたあのままははこころのみにくい魔女として童話になってはいるが、あいつはままははのその不安やあせりさえかわいらしいと思っていたのだ。それゆえの言葉だったのだよ『世界でいちばんうつくしいのは白雪姫です』とな」

「だけど世界でいちばんうつくしくなくてもあなたはずっとうつくしくかわいらしい存在だ、魔法の鏡はそうつたえたかったってことね……」

「そうだ。鏡一族が人間語を話すのはただでさえ苦労する。ゆえに言葉たらずになってしまって当然なのだ。それをあいつは事実をつたえるため、必死でままははにこたえていた。それがあんなことになってしまった。人間語を話したがために事実がつたわらなかった」

「あのさ、ままはははなんでそんな美にとりつかれてたんだ?」

「……これは永遠のテーマかもしれんな。おおくの欲望は快楽につながっているが、いわゆるしあわせとは違う。そして快楽をほっしているように見えるそのすがたのほとんどがあわれに愛をもとめているだけなのだよ。真の愛に憎しみはない、まあ、ここはわしの持論だが……」


***

 今日の姿見鏡はいつになくよくかたる。それにしても瑠衣の卓上ミラーがあんなことを思っていたなんて、メイク初心者だからしかたないじゃん!しばらくあの雑貨屋はやめとこうとかんがえながら瑠衣はうとうとしはじめた。

 鏡語を理解してからどことなく感じてはいたが、鏡たちの会話に話しかけてはいけない予感はあっていたようだ。

 人間につたわらないはずの鏡語、か。

 はじめてきいたな。姿見鏡の人間語『コンニチハ』だって。
 どしゃぶりの雨にたすけられて発音できた気もするけれど。

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