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【小説】映るすべてのもの #14

 高校になってはじめて見る里穂のポニーテールは中学のころより位置がすこしだけひくくなっていた。

 髪のかたちをおなじにすると里穂がいつのまにか中学生の少女からひとりの女性にかわりかけていたことがよりはっきりとした。
 教室にはいった里穂はじぶんの席にすわる前に瑠衣をさがした。うしろの席ですわっていた瑠衣を見つけて「えへへ……」とうれしそうにしていた。

「今日はポニーテールなんだ」
「うん! そう」
「早瀬さんのポニーテールってなんか新鮮!」
「中学生のころはずっとそうだったの」

 数人の女子とたあいもないやりとりをしてポニーテールの高校デビューも完了だ。
 おおきく髪型をかえて教室にはいる日は少々の気力も必要なのだ。この暗黙のルールも校則よりめんどうかもしれなかった。


「りっほぴょーん! なんかいいことでもあった~?」
 やすみ時間、想定内に上田かおるがやってきた。
 机に両手をおいて里穂の真正面を陣どっている。

「高校になってからずっと髪おろしてたじゃん? また男子ウケ意識しちゃってたりして~? だったらウケるんだけど」

 そうだ。このボスザル上田かおるもおなじ中学だったのだ。

 このあいだ里穂に写真をことわられたことをまだ根にもっているらしい。
 すこしでも気にくわなくなった人間をわざわざ不快にさせないと気がすまないのも上田かおるの習性だった。

「それ、中学のときにわたしがいわれてたの上田さんしってるでしょ。おなじクラスだったんだから」

 英語の教科書を準備しながら里穂が上田かおるのほうをむいた。

「中学もいまもわたしポニーテールがすきなだけなの」

「りほぴょん、なにマジになってんの~? ヤバくない?」

「そお? どうでもいいんだけど。わたしちょっと英語ノートチェックしたいから上田さんどいてくれない?」

 上田かおるのほおが一瞬赤らんでかたほうの歯をかみしめたような顔になった。上田かおるは「あっそ」といいのこし群れへもどっていった。
 
「『どいてくれない?』だってよ」「すましちゃってねー」「まーた、男あさろうとしてんじゃね?」

 上田かおるととりまきのサルの合唱がきこえてきた。小学生のころにならった『カエルの合唱』はなんていいうただったんだろう。ケロケロケロクワックワックワ。
 尊厳らしきものが傷ついたら、すぐに悪口をいわないと上田かおるやとりまき連中は死ぬのかもしれない。

 さきにふっかけたのはだれだと思うが、全国各地のボスザル連合はそこにはふれないのだ。なかったことにさえ、いや、話をすりかえたり、旗色がわるくなれば被害者ぶったりもする。
 これだけ習性が把握されているのに、対処法はいやがらせをうけたがわにゆだねられているのもおかしなことだ。


「ね、早瀬さん、わたし今日の小テストたぶんダメだ。再テスト確実!」 さっきまで上田かおるが陣どっていた里穂の机の前に瑠衣はわざと立った。

「ポニーテールしただけで男子ウケってなんだろね。意味わからなさすぎて、わたし笑っちゃった!」

 瑠衣は笑顔で声をはった。こういうときのルールはボスザルのほうをふりかえらないことだ。
 ポカンとした里穂がクスッと笑った。

 ボスザルやとりまきはああいうふうにしか生きられないものだ。それはわかっている。
 けれどそれを考慮してもよくきく『おなじ次元になりたくない』でがまんしつづけるのも閉鎖的な空間では得策ではない気がする。

 瑠衣はボスザルととりまきの生態に興味がつきなかった。学校で不快なことの大体がこの集合体に関係してるからだ。

 けれど、できるだけ嘘はつきたくないしできるだけやさしくありたいと多くのひとが願っているとも信じたい。

 ネットでもひどい目にあったひとの話は多い。けれどひどい目にあわせたという話はほとんど見うけられない。はじめは悪事をかくしているひとが多いだけかと思っていた。
 被害者がいるとしたら加害をするひともおなじ分量なはずなのに。

 嘘をついたことのないひともだれかを傷つけたことのないひともいない。

 上田かおるととりまきがわかりやすくひとを傷つけたりいやな感じなのもまちがいではない。
 しかし上田かおるもさっきの里穂の言葉に傷ついたのだ。

『こんなひとには要注意!』『かかわってはいけない〇〇なひと!』
 こういう情報や動画も散見している。要注意であるこんなひと自身が「こんなひとには注意しなきゃ!」とうなずきながら動画を見たりしてることもありそうだ。

 ここあそこで被害をふりかざしながら声高になにかを発信してる大人たちもなぜか攻撃的だ。また平和をさけんでるひとにかぎって好戦的なのも不思議に思う。

「怒り」はなにでできているんだろう。
 今日の上田かおるの場合は「じぶんの思いどおりにならなかった」ただそれだけだ。
 赤ちゃんか。

 学校がえり里穂の机に『死ね』『男好き』とボールペンで書かれていた。
 上田かおるの字ではないがわかりやすく上田かおるだ。

 あきれた顔をしながら里穂は鞄からスマホをとりだして「カシャッ」と撮影した。
「高校ってスマホ持ちこめるから便利だよね。わたしも撮っとこ」
 瑠衣もカシャッとスマホの音をたてた。


「るいぴょーん! 今度いっしょにかえろーね」
 とおくでベタついた上田かおるの声がした。

 いつもの「加藤さん」はどこいった。上田かおるよ。ターゲットを孤立させようとすることしか、あいかわらずしらないらしい。
 そしてわたしは「るいぴょん」ではないので当たり前に無視だ。

 今日あったこのすべての原因が早瀬さんのポニーテールだ。
 やはり早瀬さんにはポニーテールがとてもよくにあう。

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