【小説】映るすべてのもの #12
「……」
「どうしたの! 卓ちゃん! もの思いにふけっちゃって」
瑠衣の卓上ミラーに元気よく話しかけたのは母みゆきの鏡台だった。
「……たったっ卓ちゃん?」
「なによ。卓上ミラーのあんたは卓ちゃんでしょ!」
「はぁ……鏡台さんってなやみなさそう……」
「どういうことよ!」
シャンパンカラーにふちどられた正円形の卓上ミラーが考えこんでいた。
卓上ミラーより歴史のふかい姿見鏡や鏡台とのやりとりのなかで気づいてしまったことが頭からはなれない。
──鏡のじぶんが意思をもったのはいつだったのか。
人間のものごころがつくように、いつのまにか卓上ミラーはじぶんに意思や感情があることに気づいてしまった。
思いかえせば雑貨屋におかれていたころの卓上ミラーの記憶はぼんやりとしかなくインパクトのあった景色をおぼろげにおぼえているだけだった。
鏡にもたましいがあるのか。どうなのか。
それともこれは卓上ミラーの世界観でのまぼろしなのか。
姿見鏡も鏡台も卓上ミラーのじぶんもだれかの想像上のかけらで本当は卓上ミラーのいま見ている世界すべてが存在しないのかもしれない……。
「われわれ鏡族がとおる道をおまえもとおっておるみたいだの。将来がたのしみじゃ。フォッフォッフォッ」
まるでディズニーのサンタクロースのようにアンティーク調の姿見鏡がたからかに笑った。
「……長老さん、鏡も生きもの? なのか? おれ考えすぎて頭がおかしくなりそうだよ……」
「生物的には生きものではないがな……。われわれがおのれの意思をもっていることにある日気づいたやつが一度はおちるところだ」
「これって、やっぱりおれの意思なのかって……部品だったころ、工場にいたころ、卓上ミラーになって売りだされてたころの記憶はないんだよ……」
「──本当におまえは真実をしりたいのか? 真実はやさしく残酷なことも多いが……」
姿見鏡にあらためて問われ、卓上ミラーののどが飲みづらい錠剤を飲んだようにごくんと鳴った。
ほんとうは卓上ミラーのじぶんにこころなんてないのではないか。このやりとりもだれかの夢ではないかという疑念もすてきれなかった。しかし瑠衣に購入されてから卓上ミラーのなかでいつもなにかしらの感想があることも事実だった。
卓上ミラーだけではない、いま目の前でかたっている姿見鏡や鏡台とのやりとり、これはいつどこからでてきたのか。
「長老さん、おれしりたい。じぶんのことは、じぶんだけじゃわからねえよ」
「……よかろう」
姿見鏡からきいた”真実”によると、鏡族の「意思」は人間の思いから生まれるとされていた。
人間の子どもが幼いころからもっているぬいぐるみなどに意思がやどることもあるらしい。
とくに日常的にかたりかけられているものには思いがたまりやすく、こころを持ち、その子どもを励ますすがたなどは鏡族のあいだではよくある風景だと姿見鏡はかたった。
「料理でも満足感のあるものは作り手のこころなしではむりであろう? たまにジャンクなものが食べたいときなどは、こころを感じたくないときに向いておる。ずっとまじめもしんどいからの。フォッフォッフォ」
「……じゃあ、おれは? おれにもこころがあるのか?」
「思いがあつまり意思をもった。おまえにもたましいはあるのだ。心配はいらぬ」
「……ますます頭がこんがらがったよ。おれ泣きそう」
「だれの承認もいらぬ。我思うゆえに我ありだ。人間の思いというものはわしらから見ればわりとはっきりとしたものだ。「『思いいれのあったものが捨てられない』そんな話もきいたことがあるだろう、あれはなくなった人間の思いを受けとった者が感じとってるのだ。……ええと、それから」
姿見鏡がさっと指をなめ「鏡族大辞典」(!)のページをめくった。
「人間の思いや感情はエネルギーとしてたまりやすいのだ。そこから派生したものが意思やおおきな影響を生んだりもする。感情の増幅はものをとおすことも多い。……有名なものはそうだな、マリーアントワネットの『首飾り事件』だったか。あれは宝石がおこした事件ではない。宝石をとおして人間の感情がふくらみ交差し、歴史にまで影響をあたえたのだ」
「エネルギー……」
「そういえばエネルギーにいろいろな解釈をつけくわえるのも人間はこのむな。エネルギーはエネルギーでしかない。正負という名づけもそろそろ廃れるかもしれん」
「エネルギーなあ……」
「『いやな感じがする!』とスピリチュアルずきの人間などがすぐ相手を見下したりするが、あれもじぶんが正義側だとうたがわん発想からくるものだ。そもそもいやな感じもイイ感じもじぶんに縁のあるものとしかたましいはつながらんようになっておる」
「……おれたちってオカルト的な存在ってことか?」
「それはわからんな。おまえをいちばんのぞきこんでいる人間はだれだ? たしかなことは、その人間のこころがいまのおまえの意思をすこしずつつくりあげたのだよ。卓ちゃん。フォッフォッフォッ」
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