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気づいたら、僕はそこにいて、クリーム色の手すりを触ってその下を見ていた。空が紫がかって、街のネオンが瞬いているのを他人事のように感じながら、闇に紛れ込もうと必死になっていた。何もない自分は何も無くなってしまうことで、自分の意味を確かめようとしている。僕が今いることの絶望みたいなものに十分に満たされて、身体の重さに押しつぶされそうになり
ながら、手すりを掴む。

うふふ

白いものが、手すりにまとわりついているのは気づいていた。ただ、誰かそこにいたとしても意味を持たない。もう僕は何者でもない。それでいい。重すぎるから、全部捨てるんだ。
僕が手すりを両手で掴んだそのときだった。
すうと、何かが寄りかかってきた。ふわりと体積を増して、闇を区別する。ヒンヤリとした感触が首筋にあって初めて僕は息を飲んだ。ぞくぞくとした悪寒が全身を覆った。

ウフフ

知らない白い顔が目の前にあった。微動だにしない真っ赤な眼球と大きく裂けた口。その口は薄く開いていて、奥に見える暗黒が、瞬間僕の視界を満たした。

あっ。

白いものはその体積を急速に縮小しながら回転を始め、しばらくののちに、消えた。ポッポッと雨が降り出し、すっかり陽の落ちた空から闇が際限なく押し寄せ、ネオンは水滴に反射した。ビルの屋上の際では、クリーム色の手すりが雨に濡れていた。

僕は、消えた。

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