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ドラマの金字塔『白い巨塔』

1978年の『白い巨塔』は、フジテレビが打ち立てたテレビドラマの金字塔である。あらゆる要素において空前絶後の完成度を誇り、この水準を超えることは(万に一つ、今後テレビ業界が盛り返したとしても)不可能だろう。

主役の財前五郎ざいぜんごろうを演じる田宮二郎。
「五郎」と「二郎」の語呂合わせでもあるまいが、両者の生きざまはあまりにも重なり、演じているのかのままをさらけ出しているのか、判別がつかないレベルだ。
最終話の財前五郎の死に際して、田宮は3日間絶食してすっかり癌患者になりきり、財前の遺書も自らが書き、それを台本に加えさせた。そのラストのシーンで流れるのは、モーツァルトのラクリモーサ。早逝そうせいの天才・モーツァルトの絶筆を、田宮の人生に重ねた演出の慧眼けいがんは特筆されるべきだろう。
田宮は「うまく死ねた」と自画自賛した後、自らもクレー射撃用散弾銃で自殺を遂げてしまう。壮絶そうぜつに過ぎて言葉もない。

野心家であるには繊細過ぎた、財前と田宮。
五郎が身体の内に取り返しのつかない病巣を育てていったのなら、二郎は自らの行いの見返りとして、最後の一線を超えるまでに精神を追い込んでしまった。
田宮二郎の享年43。天の差配か、長くはない人生の最後に財前五郎を演じ、役と一体化してしまったことは役者としての冥利みょうりに尽きるかもしれない。

山崎豊子やまさき とよこの原作が素晴らしい。
この人の80年代以降の大作は特定の思想が濃くなっていく感じで僕は敬遠するが、大衆文学としての『白い巨塔』は、人間をあらゆる側面から描き切っている。
人間とは何か知りたければ、カラマーゾフと共に必読の書だと思う。

鈴木尚之すずき なおゆきの脚本は余計な脚色を排しながら、膨大な登場人物の個性を端役はやくに至るまで的確にドラマ化している。あの渥美清をして、あつく信頼される人物だったそうだ。

演出・プロデューサーの小林俊一は、渥美清を山田洋次に紹介し、連続ドラマの脚本執筆を依頼した、いわばドラマ・映画『男はつらいよ』の「生みの親」である。
管理職昇進を固辞し現場主義を貫いたしんの太い人物であればこそ、この稀有けうなドラマは実現したのだろう。

音楽担当の渡辺岳夫わたなべ たけおは、日本アニメ史上に残るヒット作品の音楽を手掛けた作曲家である。
『巨人の星』、『アタックNo.1』、『天才バカボン』、『キューティーハニー』、『アルプスの少女ハイジ』、『魔女っ子メグちゃん』、『フランダースの犬』、『キャンディ・キャンディ』、『あらいぐまラスカル』、『機動戦士ガンダム』等、僕たちの世代でこの人の作品を聴かずに過ごした人などいるだろうか。
事前に必ず脚本を読み込み、作品のイメージをしっかり醸成じょうせいした上で作曲を開始したという。僕が『白い巨塔』というワードで最初に思い浮かぶのは、拡くて深みある、宿命に支配されたようなこのテーマ曲だ。

そして何より、『白い巨塔』登場人物と、それを演じる役者たち。
原作者が一人ひとり俳優の顔を思い描いていたかと見紛みまがうほどの適材適所。皆、このドラマをそれにふさわしいとしで演じるために、役者の道を志したかと思ってしまうほどの完璧な布陣である。

財前五郎の友にして、実は五郎の良心の化身けしん・里見役に山本學やまもと がく
医とは政治なり。鵜飼うかい医学部長役に小沢栄太郎。
医とは学問なり。大河内おおこうち病理学教授役に加藤嘉かとう よし
医とは駆け引きなり。野坂整形外科教授役に小松方正こまつ ほうせい(ホント嫌なつら、もちろん最上級の誉め言葉です)。
五郎の愛人役に太地喜和子たいち きわこ、妻子ある里見助教授に献身するお嬢様役に島田陽子。

アカーン。
あずま教授役の中村伸郎なかむら のぶお、端役でも存在感で群を抜く佐分利信さぶり しんとか岡田英次おかだ えいじとか、書き切れないだけでホント、すべての演者が凄いのだ。

百聞は一見にしかずという。
そこでまぁ、何といい時代でありましょう。今なら全31話が、YouTubeでただで観れてしまう。知らん人も多いはずで、前から勿体ないと思っていた。
消えんうちに、是非どうぞ。僕はYouTubeだけでも2回、通しで観た。きっと3回目も観ることだろう(下の画像をクリックしてください)。
テレビの黄金期、フジはこんなにも素晴らしいドラマを視聴者に提供していたのだ。

イラスト hanami🛸AI魔術師の弟子


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