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ハレの日市場

数年前まで、「清水いはらマルシェ」の前身とも呼べそうなイベントが毎月開かれていた。
その名を「いはらマルシェ」という。今回はそれにもあやかり、ちょっとスケールを大きくして「清水」を頭につけた。

2020年1月からのコロナ禍によってこの催しも中止となり、その長きにわたる自粛じしゅくの間に、運営する会社自体が終わってしまったらしい。

僕は全くその時代を知らないのだが、毎回固定の出店者と根強いファンが多くいて、マルシェの消滅を残念に思っていたらしい。
今回、ところこそ変っても「清水いはらマルシェ」の誕生を一番に喜んでくれたのは、過去の出店者や馴染みのお客さんだったようだ。

中には「いはらマルシェ」が事業の出発点だった店主もおられるそうで、そういう方からすれば今回の”復活”劇は、待ちに待った瞬間だったのかもしれない。
主催者側の僕に認識がなくても、何人もの関係者や来場者から、”再開”を喜ぶ感謝の声を頂いた。

会場前からお客さんは増え続け、人気店はすぐに品薄しなうす状態となる。
追加発注をかけ、営業の4時間に2回転したところも数店あった。
200台近くまる駐車場が常にほどよく埋まり、いいサイクルで車が入れ替わっていく。来場者はカウントしていないが、優に1,000人は超えていただろう。構内のキャパで考えれば、まずまずの数字だったと判断していい。

広い門に沿って立ち並ぶ河津かわず桜の名残なごりの花びらは、快晴となった初春の風に舞い踊り、アスファルトをピンクに染めていく。
なんだかうまくいきすぎて、2回目開催がかえって怖くなるくらいに順調なすべり出しだ。

初めて挨拶する出店の皆さんともすぐに打ち解けて、それぞれに一言ずつコメントしてもらい、録画をする。
今回、僕自身が場の仕切り役のため限られた映像しかれなかったが、後日編集して関係者の記念に公開するつもりだ。

午前11時を回ったころ、さすがに客足は遠のいていく。店じまいの支度をするところもぼちぼち出てきた。

立ちっぱなしが気になる、蒲原かんばらから運転してやってきた塩辛屋のお母さんたち。
最初は動員のかかった他の出店所にお客さんが集中し、「売れないよー」と嘆いていたが、後になるほど客足は伸び、最後は完売に近い状態まで来た。
「今日は売れたよー」と、ご機嫌のおばあちゃん。残った商品を固辞する僕に持って行けと手渡し、「来月も絶対来るからね!もう予約いれといてよ!」と意気軒高いきけんこうに引き上げた。
ところが翌日、社長である息子からメールが来て「来月はお休みします」。
大丈夫か。
おばあちゃん、張り切り過ぎて帰った後、ひっくり返ってるんじゃないのか。今度来るときは、親子そろっておでよね。

ハレの日とは、年中行事やお祭りなどの特別な日のことをいい、「非日常」の意味がある。 民俗学者の柳田国男が定義した言葉で、日本人の伝統を重んじる世界観を表現したという。

マルシェと呼ばず、いっそ「ハレの日市場」とでもした方が個人的には好ましいが、あくまで中身は一緒である。
地元の人たちがつどい、お客も出店者も笑いと会話が絶えないひと時を共有し合う。
大型チェーン店のような定められた接客マナーやルールもなく、個人個人が好き勝手に場を盛り上げ、心から楽しんでいる。

「道の駅」実現が目標とはいえ、地域活性化の第一歩は間違いなく踏み出せた。
今後の目標は、まずマルシェを持続すること。
そして次のステップは、雇用を生み出すための利潤をどう創り出していくかだ。
善意のボランティアだけでは、いつか息切れする。マルシェからどう新たな事業を展開していくか。楽しい(苦しい?)未来がひらけていく。

イラスト hanami🛸|ω・)و


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