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途切れず 続く

ヒロシさんが急逝きゅうせいされた翌朝、広報紙のメンバー3名とご自宅におくやみに出かけた。僕が住んでいる集落では、人が亡くなると親しかった人やご近所の方、自治会の役に付いている人は、故人のお宅に伺い焼香をする。首都圏に生まれ育った僕は30歳を過ぎてこの地に越してくるまで、こうした習慣と無縁だった。

故人と最後のお別れをするのは、親類縁者しんるいえんじゃ以外あくまで斎場においてであり、通夜に一度、(さらに参加する場合は)告別式で一度、お顔を拝するのみなのが常だった。
そこにいる故人は、すでに死化粧の済んだ状態でご遺体は清拭せいしきされ、髪をき薄化粧をほどこされ、眠っているかのような安らかな表情に整えられている。

昨日お会いしたヒロシさんは、2~3日は剃っていなさそうな白い不精髭ぶしょうひげを生やし、表情も安らかというより、最近の会議でよく居眠りしていた時の相好そうごうそのままだった。
何か考え事をしているようなちょっといかめしい、そうでありながらまるで無防備な面持ちにも見える。
呼吸は止めたものの、まだ僕たちの世界にとどまっているような錯覚を覚えたのは、そのためだ。

死に関しては、「剥奪説はくだつせつ」という考え方がある。
その後の可能性をすべて根こそぎ奪ってしまうということを根拠に、死が悪(有害)であるという主張だ。

ヒロシさんも生きていれば、趣味にしていた自宅の庭園を、もっと充実した完成度高いものにしていったに違いない。
駐車場わきの作業場には、どこからか仕入れたらしい同じ形状の石が何10個も転がっていて、うち半分には色が施されていた。来年5月のバラの開花に向けて、丹精込めた庭を花好きな人に見てほしいと、励んでいた事だろう。

しかし死は、そうした彼の未来の可能性を奪ってしまった。
僕たちは生きているからこそ(存在しているからこそ)、良いことも悪いことも受け止めることができる。死は、そうした受け止めを可能にする前提条件としての生(存在)を奪うので、悪(有害)なのであるという思想だ。

この考えに対しては、当然ながら反論も生まれる。
例えば、100歳を越える長寿の方が亡くなったときと、20代の若者が亡くなったときでは、剥奪される未来の可能性に差があるではないかということ。
長年不治の病に悩まされ、生きていることに価値が見出せず安楽死を希望する患者が亡くなったとき、その死は良きことを剥奪しているといえるのか、などという批判だ。

古代ギリシャの哲学者エピクロスは、死はそもそも悪いものではないと主張している。

死は、もろもろの悪いもののうちで最も恐ろしいものとされているが、じつはわれわれにとって何ものでもないのである。なぜかといえば、われわれが存するかぎり、死は現に存せず、死が現に存するときには、もはやわれわれは存しないからである。そこで、死は、生きているものにも、すでに死んだものにも、かかわりがない。なぜなら、生きているもののところには、死は現に存しないのであり、他方、死んだものはもはや存しないからである。

エピクロス(1959)『エピクロス 教説と手紙』p67

自分自身の死(一人称の死)は、経験できないもの(不可知)ゆえに無害であり、恐怖の対象にはならないというわけだ。

有害説にも無害説にも共通するのは、生と死の間に存在する断絶だろう。
そういえば数日前、居間にいたとき停電が起きた。とつぜんパソコンの画面が真っ暗になり、クーラーがストップして冷気が供給されなくなる。
電気がフル稼働している真夏の午後4時、復旧までの数分間が不安でならなかった。随分前になるが、落雷によって送電線が切断され、3日間ほど電気のない不自由な暮らしを強いられた記憶が頭をよぎる。
幸い今回は速やかに復旧したが、周囲の全てがブツッと途切れ、薄闇のなか茫然となりながら動けずにいた感覚を、いま思い出した。

物理的な停電に「絶たれた」感覚があるように、ご家族にとってヒロシさんの死からは、それまでの連続性を突然「絶たれた」思いがあるはずだ。この場合の当事者とは、亡くなった本人ではなく、残された家族である。

田舎に暮らし、近所にご不幸があっておくやみを重ねるつど、当事者でない僕が抱く思いとは、生と死の間にあるものは断絶でなく、連続性の中で生じた一つの変化に過ぎないという確信だ。
斎場という作られた空間からでは決して感じられない、死者と生者が交わす言葉にらない対話のような一瞬が、おくやみの場には確かに存在するからだ。

それはヒロシさんが確かに「実在」した昨日から、今の「気配」へと姿を変えた刹那せつなだった気もする。

イラスト Atelier hanami@はなのす

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