双子のフォント?「GSN行書B」と「TA風雅筆」
「あれ? これ、〇〇と似てるな?」
音楽において、有名なアーティストならば「(歌手名) パクリ」というキーワード構造で検索をすると、ほぼ確実にパクリ疑惑なる記事の1つや2つはヒットします。もちろん、そこで槍玉に挙げられた曲の大概はパチモンといえるほどの類似度ではなく、「3分ある曲のうち5秒くらい、なんか似てるかな…?」という程度。コンテンツが溢れる現代、他の何にも、部分的にも100%似ないというのはさすがに難しいものです。ましてや、ネット上には初っ端から揚げ足を取ろうというスタンスの人々もたくさんいるので、なおさらハードモードです。
フォントの世界にも、互いに類似するものは存在します。しかし、フォント自体が結構マニアックな分野であって、音楽ほどポピュラーではないので「パクリだ!!」と着火する人や、「そうだそうだ!」とガソリンを注いでくる人は、そもそも母数としてそう多くないわけです。また、本当にフォントが好きな人は目が肥えているので割と細かい違いも見分けられますし、雰囲気の違いも見れば分かるので、一見似ているっぽくても「そのフォントにしかない個性」を感じ取れるのだと思います。
【ここから本題】 双子のフォント?
「GSN行書B」と「TA風雅筆」というフォントを知っている方はどのくらいいるでしょうか?「GSN行書B」は、システムグラフィという会社から出ているフォント、「TA風雅筆」はスキルインフォメーションズという会社から出ているフォントです。
まずは、これら2書体の姿を見てみましょう。
(ちなみに、画像下の補足については読み飛ばして頂いて構いません。細かい話が気になる方のみ、お読みください。)
【補足1_GSN行書Bについて】
「GSN行書B」には、「プロポーショナルフォント」であることを表す記号「P」がついた「GSNP行書B」というバージョンが存在します。実は、記事の画像に使用しているのは「GSNP」版のフォントです。しかし、プロポーショナルフォントは、基本的には半角文字同士の幅が調整されているだけで、日本語の文字の形状は同じです。したがって、特に半角文字に注目しない本記事においては、「GSN行書B」と「GSNP行書B」には差異はないものとして扱い、「GSN行書B」で呼び方を統一しています。
【補足2_TA風雅筆について】
TA風雅筆は、2024年5月現在、Adobe fontで提供されています。Adobe fontで提供されているバージョンでは単に「TA風雅筆」と呼ばれていますが、実際にはウエイト展開がされており、本記事で取り上げているのは「TA風雅筆01」に相当する書体です。
-<補足おしまい>-
「補足は読み飛ばしてイイ」とか言ってる割には補足のブロックが大きすぎて、スクロールしないと画像が見切れているかもしれませんが、かなり似ている感じがしますね。
前説で少し触れたような、「そのフォントにしかない個性」を感じ取れる人でも、これら2書体の違いを見分けるのは困難だと思います。
おそらく、クイズにしたら難易度MAX。
「このフォントは何でしょう?」と出題されて、「GSN行書Bだ!」と即答できる猛者でも、「残念、TA風雅筆でしたぁーwww」と返されればブチギレ案件でしょう。
フォントについてあまり知らないという人はもちろん、フォント好きでも中々見分けがつかないであろう両書体。「名前が違うだけで、全く同じなんじゃないの?」と思うかもしれませんが、実は微妙に違います。
本当に、微妙に…ですが。
見本に使った文字の中では最も違いが分かりやすいと感じた「で」の文字に注目して検証してみたいと思います。
「TA風雅筆」の方が太く、始筆部の筆の入り方、線の角度など、相違点もそれなりにあり、少なくとも全く同じデータを別名で配布しているわけではなさそうです。
なぜ、こんなに似た書体が別会社から出ているんだろう?
違う会社、あるいは個人から出ているものでも類似書体とか、明らかに他を意識した感じの書体は結構あるわけですが、「GSN行書B」と「TA風雅筆」は、その比ではないほど互いに似ています。
それぞれ出所は別会社なのに、なぜでしょうか?
ここから先は、いちオタクの探偵ごっこ。
全くもって当事者ではない者の推測です。ミステリー系のドラマで盛り上がる考察班みたいなもんだと思って、あまり真に受けすぎずに読み進めてください。
…話を戻します。ほぼ同じとも言えるほどに瓜二つなフォントが出ているのはなぜか。ここまでソックリだと、第一の感想としては「まさか、どっちかが超大胆なパクリをしているのか?」思うところですが、調べた結果、どうもパクリではなさそうでした。
先に結論を出すと、「それぞれ正式な権利を取得した上で販売をしている」というのが答えです。まあ、当たり前と言えば当たり前。そうでなければ、大問題です。以下、詳細の話に入っていきます。
現段階での登場人物(というか会社)は2つ。
GSN行書Bを出している「システムグラフィ」社と、TA風雅筆を出している「スキルインフォメーションズ」社です。これを踏まえつつ、激似書体であるGSN行書BとTA風雅筆が販売されるに至った経緯を探っていきます。若干、ややこしい話になっています。
似すぎた2書体、源流は?
一番最初にこれら2書体の元となるフォントを作ったと考えられるのは、1997年に倒産した、福井県鯖江市にあった「アークシステム」という会社です。
『アークシステムの倒産』という記事において、アークシステム社製の書体名(一部)が紹介されていました。
現在、上記書体は(ものにもよりますが)「リコー」社と「システムグラフィ」社より提供されています。システムグラフィ社の書体を含むフォントパックを持っている自分的には、既に倒産した会社の書体ラインナップとは思えないほどに、お馴染みのメンツといった印象です。アークシステムという会社自体は倒産したけれども、フォントは後世の会社に引き継がれて今も生き残っているのです。
そこで、アークシステム社製のフォントを調べてみると、GSN行書BやTA風雅筆に相当する書体が、どうやら「SN行書B」という名前で提供されていたようです。
GSN行書Bについて
先に紹介した通り、GSN行書B の提供元はシステムグラフィ社なのですが、「GSN行書B」と、アークシステム社が出していた「SN行書B」って、名前が似ていると思いませんか?
一般に、フォント名の最初には、「FOT」「A-OTF」「DF」「HG」のような、見る人が見ればどこのフォントかが一発で分かる目印のようなものがついています。システムグラフィ社の目印は「G」です。
より正確に言えば、システムグラフィ社の書体名の先頭は「G +(アークシステム社で提供されていた時の書体名)」になっています。今回の例で言えば、システムグラフィ社を表す「G」と、アークシステム社の時代についていた書体名「SN行書B」が合体して、「GSN行書B」なのです。
また、システムグラフィ社の自社紹介ページ(https://www.s-graphi.co.jp/company/outline.php)より、システムグラフィ社の本社は福井県鯖江市、創業年は平成9年(1997年)であることも分かりました。先に紹介したアークシステムもまた、福井県鯖江市にあり、1997年に倒産しています。
以上の、
・本社は共に福井県鯖江市。
・アークシステム社の倒産と入れ替わるようにシステムグラフィ社が創業。
・システムグラフィ社の書体名はアークシステム社の時代のものに「G」を付けただけ。
といった事実から、システムグラフィ社はアークシステム社の直属の後継会社ではないかと考えられます。公式にそうハッキリ書いてあるのは発見できなかったので、あくまで推測の域を出ませんが、書体名をほとんどそのまま引き継いでいることから、少なくとも両社の関係が相当に深いことは間違いなさそうです。
つまり、「GSN行書B」は前身会社(か、そうでなくてもかなり関係の深い会社)であるアークシステム社から出ていた「SN行書B」をそのまま受け継いだもの。
…というのが、GSN行書B 側の結論として言えるのではないでしょうか。
TA風雅筆について
一方、TA風雅筆の提供元はスキルインフォメーションズ社です。
先ほど、フォント名の最初には、見る人が見れば分かる目印が付いていると言いました。今回の例で言えば、「TA」です。
「TA」がつくフォントと言えば、「FONT1000」(http://www.font1000.com/)だよね!
…と、即座に頭に浮かぶ人はだいぶオタクなわけですが、この「TA」の由来はなんでしょうか?
「TA」は、「テクノアドバンス」の略です。テクノアドバンスというのは、会社の名前です。以下は、テクノアドバンス社を創業された片岡さんの投稿です。
「今後はフォント名の最初につける目印を『FONT1000』にする」という地味に衝撃な事実を横目にしつつ、公式見解として「TA」=「テクノアドバンス」であることが確認できました。
そのテクノアドバンス社と2007年に業務提携を結んだのが、現在「TA風雅筆」を出しているスキルインフォメーションズ社です。(スキルインフォメーションズ社の会社沿革紹介 https://www.sic-net.co.jp/company/history.html より)
調べたところ、信ぴょう性はイマイチですが、テクノアドバンス社自体は既に倒産してしまった?ような感じの情報があったので、順当に考えれば、
①テクノアドバンス社とスキルインフォメーションズ社が業務提携
②テクノアドバンス社が倒産
③テクノアドバンス社が持っていた書体の権利をスキルインフォメーションズ社が引き継いだ
となるでしょう。仮に、その情報が間違っていたとしても、
・「TAがつくフォントは元々テクノアドバンス社のもの」
・「現在、TA風雅筆の提供元はスキルインフォメーションズ社」
というのは事実として確定しているので、事情は何にせよ引き継がれているのは間違いありません。
しかし、GSN行書BおよびTA風雅筆の源流となったフォントは、元々アークシステム社のものだったはず。そして、その直接の後継(と思われるの)はシステムグラフィ社。
アークシステム社の「SN行書B」を「TA風雅筆」としてテクノアドバンス社が持つようになったのはなぜでしょうか。
先にもご紹介した片岡さんの投稿に、以下のようなものがありました。
「Gradeo」というのは、テクノアドバンス社が出していたカッティングマシン用ソフトの名称。つまり、このソフトへバンドルするためにテクノアドバンス社はアークシステム社からフォントライセンスを買い取ったということです。
買い取った「幾つかのフォント」の中に「SN行書B」があったかは分かりませんが、Adobe fontのTA風雅筆のページ(https://fonts.adobe.com/fonts/ta-fuga-fude#about-section)において、提供元は『「Gradeo」フォント』となっており、同ページに記載されている説明書きでも
と書いてあるので、
・「SN行書B」は元々アークシステム社のものであったこと。
・テクノアドバンス社がアークシステム社から、Gradeoソフトへのバンドル用に「幾つかのフォント」の権利を買い取ったこと。
・「TA風雅筆」はGradeoソフトにバンドルされていたこと。
を確定事項とすれば、「SN行書B」についても正式に買い取ったのだろうという結論になるでしょう。
つまり、「TA風雅筆」は、テクノアドバンス社がアークシステム社から権利を買い取り、そのテクノアドバンス社と業務提携を結んでいたスキルインフォメーションズ社が販売を引き継いだ。
というのが、「TA風雅筆」側の結論です。
また、以下の片岡さんの投稿から、買い取ったフォントの権利は「非独占」であったことも分かります。
単純に権利を買い取ったというと、完全にテクノアドバンス社のものになった印象がありますが、非独占の契約であれば、(おそらく後継会社の)システムグラフィ社からも後の「GSN行書B」として実質同一の書体がリリースされているのも不思議ではありません。
「GSN行書B」と「TA風雅筆」微妙に形状が違うのはなぜ?
本記事で話題に上げた2書体が、元を辿れば同一書体であったということは分かったのですが、記事の序盤でも触れたように、両書体の間には微妙な差異が見られます。元は同一書体なのになぜ?と思うところですが、残念ながら今回の調査では明確な理由は分かりませんでした。しかし基本的には、修正やデータ変換のため、親書体の権利を引き継いだ2会社がそれぞれマイナーチェンジを加えたと考えるのが自然でしょう。
ちなみに、今回取り上げた2書体の他にも、同一書体を源流とするが異なる2書体として、リョービ社の写植書体「本明朝」を源流とする「Ro本明朝」と「MS明朝」があります。こちらも親書体が同じなだけあって形状はそっくりですが、黒みなどの調整がそれぞれ異なります。
GSN行書B と TA風雅筆 もまあ、このパターンじゃないかな…?
と、本記事の中で最も根拠のない推測をしているわけです。
まとめ
あまりに似すぎた2つのフォント、「GSN行書B」と「TA風雅筆」。
これらの書体は、決してパクリなどではなく、「SN行書B」という同一書体を源流とした、正式なライセンス契約の元に販売されていたのでした。禁忌の大パクリ問題に触れていたらどうしようと思いながら調査したわけですが、平和な結論に落ち着いてよかったです。
オタクの考察に最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
※万が一、本記事で誤情報があったり、不利益を被る方がいたりするようなことがあれば、修正(場合によっては記事の削除)を行いたいと思いますので、お知らせください。また、追加で情報を頂いた場合には、都度追記したいと思います。