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コミットメント(関与・参加)

 ただ参加し、役割を求めるでもなく、当然だが報酬などまったく期待することはない。

 偶然見かけたポスターに、『予定のない日曜日の午後にあるから行ってみよう』という気まぐれで、祭りの実行委員会に連絡した。

 曳き手となる約束をした今朝は、午後から天候も崩れそうだし『もうよそうかな』と少し考えた。
 しかしこれは“何でもないこと”(無為)だからと思うと、不思議となおさら『参加しよう』という気持ちが捨てられなくなった。そして、とうとう、『行かないのはおかしいだろう』とまで考えて、支度を済ませ、顔馴染みが誰一人いない集まりに紛れたのだ。


 山車の巡行は一時間弱だったと思う。綱は軽かった。問題なのは、この行動に自分が何の価値も見出していなかったことと、避けられない意志だとか、問題意識など一切携えずにコミットメントした事実だった。それは新鮮なことだった。

 山車を曳き終え、少しばかり歩いて帰宅すると、この行為は自分の日常からはまったく独立していた。

 誰とも争うことなく、他者と価値の摩擦もおこさず、社会的な関係性からみて、それはあまりに薄弱な行為のようだった。この“振る舞い”は虚無に近い。

 「祭り」である。社会学的な意味や、地誌学的な意味、地域性・歴史など、そして、種々の感情さえ多少なりともうごめく催事だろうに、それがまったく無風だったのだ。

山車に子供らが乗りお囃子を奏じた。
力を込めなくても山車は動いた。

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