●怒りんぼくんと泣き虫ちゃん①
アスペルガーとカサンドラ夫婦の35年
バスは新婚カップル20組を乗せて、パリの大通りをホテルへ向かっていた。
煌めくショーウインドウ、歩く人々はどんな人も背筋が伸びている。
「えー、皆さん、今日1日お疲れ様でした。夕食後のオプショナルツアーのご案内です。パリのシャンゼリゼ通りが今夜特別なライトアップされる日です。日本にお住まいの方はそう簡単に見られるものではありませんので、是非ご参加ください」
「行く?」「行くよね!」「うん」「行こう、行こう」
そんな声をバックにして
「俺は疲れたから行かないからね」
「えっ」
「行きたければ一人で行ってくれば?」
私は脳裏にイタリアでの買い物が浮かんできて唇を噛んだ。
夫は濃紺のフェレのコートに釘付けになり、何度も試着を繰り返していた。
背の高い細ヒゲをつけた軽そうな店員が、何度も「まだ〜む」を繰り返し
夫の試着姿を見に来いと呼び付ける。
最初は気のせいかと思った。
夫にハンガーのコートを当て、何気無く私を真ん中に挟みお尻にタッチして
ほらほら「素敵でしょう、あなたのだ〜りんは」的なスキンシップ。
それがいつの間にか、私はすっかりサンドイッチにされ、
挙げ句の果てには夫が試着室にいるのに後ろから抱きつき、
ぎゅーぎゅーハグしてくる。
私のお尻の上あたりにはそれはそれは堅いものが転がされ…。
泣きそうな顔とジェスチュアーで夫にサインを送るも
全く気がつかず。
すごく親切な人だったね〜と気を良くして
大事そうにコートをスーツケースにしまっていた。
この人に一生ついて行くのはやめたほうがいいのではないか。
夕食のノースリーブのドレスが寒くて震えているのに
自分のジャケットを肩にかけてくれない気の利かなさに
怒りを通り越し、哀しささえ覚え、一番最初に考えた出来事だった。
続く…