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今日の音楽的考察。

表現を音楽的に行う事が音楽だというのは極論だろうか。
鳴ってるだけなら、車の走る騒音すら音楽として成立してしまう。

音楽は不快であってはならないという、ある人の言葉を定義にするなら、騒音をサンプリングしたものを音楽的に使うというなら音楽である。

なんでもかんでも音楽になるんだったらパラリラ暴走を音楽として認めてしまって非社会的な騒音を認めざるを得なくなる。

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