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毎日書く #03-3

夏の夕立。
驟雨しゅうう
虹が出る。空は暗い。雲も暗い。濃い灰色。

すこしもさわやかではない。
暗い。雨雲がめちゃめちゃに折り重なっていて、質量感がすごい。

虹はしゅっと濃い。
だれかに知らせたくなる。
虹が出てるよ!
家にいる?出てみてごらんよ!

かされる。
急かされる。
早く誰かに告げなければ、虹は行ってしまう。

その濃い、ちゅるっとした、いちばん濃いところを手でよじってみたい。
じりっと。
胸がいっぱいになる。
親指と人差し指で。じょりっと。胸がいっぱいになる。

そうしている間は、虹は消えずにいてくれる。

虹のアーチを大方おおかた捩ってしまったら、わたしはひと段落つく。
もう慌てて人を呼び起こさなくてもいい。

もはや虹はわたしによってぐちゃぐちゃの物質と化している。
地上へ降りて来てさえいるのだ。

わたしはアーティストであるから、この虹をさらに変形させる。
まずは一まとめにしよう。

パンの生地のようにして、ひとつにまとめる。虹を。
ねることができる。

しかし、わたしはまた虹を浮かばせたい。
だからわたしの好きなサイズで虹を作り直す。ねちっと。

そこはわたしの裏庭だ。アトリエの裏庭。
何日かけたってかまわない。誰にも持ってはいかれないから。

もはやあの濃い色彩は失われている。ただの褐色の粘土だ。
粘土で虹を彫像する。

わたしはその像が、先だって訪れた美術館の庭へ置かれるのを幻視する。
芝の間からにょきっと突き出て。とても高台にあるその敷地からは海峡が見える。

わたしは美術館に設置されてもなお、形を直しに来る。
というか、誰でもが触れるのだ。虹に。
そうして虹は誰か彼かにじられる。
べたべたになる。
細くくびれるところさえ出てくる。
子どもは容赦なく虹をつまみ切ってしまう。

次にわたしが見に行くときには、
ただの土くれとなって、虹は芝生の上にぼたぼたと落ちている。

わたしはもう、拾ったりしない。一つにまとめたりしない。
靴の先でちょっとつつくだけだ。
虹のかけらの粘土は、つつくとぼろっと崩れた。
踏むとじょりじょりと音がした。
さらに踏むと、ざらざらになった。

風が吹いてきた。
海の方を眺める。海峡は遠い。
手でにじり寄せてみたい気持ちが湧く。

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