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【超短篇】欲望を掬う自販機

長洲泳ながすえいとアレクセイ・メイヤーは夜のコンビニエンスストアにいた。

夜のコンビニ。いろいろあるけども、ここは異国。
場所はロシア、サンクトペテルブルク。アレックスこと、アレクセイ・メイヤーが通うイシリアル神学校の向かいだ。

で、男二人が自販機の前で逡巡しゅんじゅんしていた。ことの発端はアレックスの疑問だった。アレックスは向かいの神学校の学生で、このコンビニでアルバイトをしている。夜のシフトだ。

店内には長洲泳のほかには客は誰もいない。泳はちょくちょく夜中にここに来て、アレックスと話をする。その日も泳はイートインの椅子に腰をおろし、カウンターの中のアレックスの話に耳を傾けていた。

「自販機にお金入れてさ、ボタン押すじゃん? で、思ったのと違うのが出てきたら、泳はどうする?」
「飲んでみたらイマイチおいしくなかったとか?」
「そうじゃなくて、コーヒーのボタン押したのに、コーラが出てくるとか」
「あぁ、そういうこと」
「あとさ、そこに入ってない飲料が出てくるとかさ」
「おもしろいな」

長洲泳の反応はそれほど熱くはないが、アレックスはなおも続けた。

「でさ、これって、一つのフォビアだと思うんだよ」
「またお前の飛躍が始まった」
アレクセイ・メイヤーは神学生で、しかも大学院生だ。彼にとって理屈はツールだ。レゴのブロックだ。
「インプットするでしょ、ほんで、アウトプットを得る」
「まあね」
「でさ、もし泳、君の得るアウトプットが予測がつかなかったら、怖くない?」
「怖いけどさ」

怖いけど、それで毎日やってんじゃん、と長洲泳は思った。怖いまんま、慣れてんじゃん、と。「鈍麻どんま」という言葉がふと浮かんできた。

「フォビアってさ、本当のところは、それを楽しんでいるんじゃないかな?」
「ん?」
泳がちゃんと絡んでくれているのがわかって、アレックスはうれしそうな顔を向けた。

「何かが怖いっていうのもさ、ひとつの嗜好しこうかも」
「じゃあ、君はどんなのが怖い?」
「そだな・・・・・・」

泳はしばらくコンビニの外を眺めていた。真夜中に近かった。駐車場には1台の青いルノーが止まっていて、それは泳の車だ。見えない脇の方に、アレックスの自転車が寄せてあるはずだった。

「自販機に小銭入れて、何が出てきたらいいと思う?」
泳がアレックスにたずねた。
「うーん、僕は今なにを求めているだろう? お金? 睡眠? 欲求のヒエラルキーの最下層をまずは満たすかな」
「俺の弟だったら、ためらいなくドラえもん! って叫ぶな」
「あ~、日本人はドラえもん好きだもんな。しかし、ドラえもんを手にしたとしても、また何か出してもらわないと」
「ならさ、たぶん、今思ったけど、俺はおまかせ●●●●でいろいろ出てくるのがいいかも」
「ガチャか! いいね。この店にもガチャ置いたらいいかも。何が入ってるか見えないガチャ」
「いくらで?」
「百円くらい? 日本人の感覚で」
「いいね。で、もちろんそれって、お金入れたやつの欲望をすくってくれるんだろ?」
「そう。よくわかったね」
「じゃ、俺らもやってみるか」

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