《Chatsubo》の常連、アルジズの陽気な投稿・・・。彼女たちの風向きが、じわり、ごとりと変わりつつあるようだ。
文芸エージェントのアルジズです。ひとつ企たくら みを思いつきました。 Now Write!: Fiction Writing Exercises from Today's Best Writers and Teachers という創作術本があるんですよ。アメリカの作家たちが、書くためのキッカケになる思考実験を紹介しているんですが、ここに紹介してあるエクササイズに則のっと って、(できれば)毎日ひとつ、超短編小説を書いてみたいと思います!
で、自分に課す負荷としては、掲載順に課題をこなすこと。 とっつきやすいものからやるのではなくて、苦手っぽくても、何かしら書く!
作家さんたちへのアドヴァイスとして、今まで幾たびそう申し上げてきたことでしょう。ところが、苦手なことを避けてきたのは、なによりも、わたし自身なのでした。
最近、わたしの周りの男性たちが、あなたも書けますよ、と言う。今回は、なぜか、なら、書いてみるか、と思えている。 どういう風の吹き回しだろう? 世界って意外とつながってるのかもな・・・とか、適当なことを思ったりして。
では、最初のエクササイズ。THE WEDDING PICTURES EXERCISE です。 自分の結婚式の写真か、ご両親の時の写真か、または知らない人の結婚式の写真を(インターネットなどで)手に入れて、その写真から触発されて生じるものを書く。GET WRITING!
わたしは映像作家。あるセラピストの依頼を受けて、ホドロフスキーのサイコマジック的な効果のある映像を制作している。 上記の写真は、その一場面。セラピストへ向けて、制作意図のプレゼンをしているところ。 ・・・ 用いられるイメージはできるだけかけ離れている方が好ましいです。ハレとケ。聖と俗。死と生のように。イメージとイメージの距離の離れ具合によって、観る人に治癒的効果をもたらします。 そういうわけで、まずは式服姿のカップルをハレの象徴として配置しています。 場所は用途のわからない、あいまいで不気味なロケーションです。ハレを打ち消す意図です。 ここは、街路の脇のように見えますが、用途がわからない。しかも、なぜか岩石がごろごろしていて、手入れのされていない樹木が乱雑に伸びている。周りにはとぎれとぎれに柵が配されている。禍々まがまが しさの点では高ポイントだと思います。 そして手前に配した格子が、幸せそうなカップルに向けて視線を注いでいる人物の存在を示しています。その視点人物は、彼らを祝福しているのだろうか?それとも、覗き見ることしか許されない者か?わかりません。もはや、対比すら成り立たずに、物事は両義性へなだれ込みます。 そして、画面手前のグレーの色調が、さらに〈覗き見る者〉の地平を強調しています。同時に、上方には白い建築物が見え、〈常識的で安心できる世界〉がすぐそばにあるようにも見えます。 最後に、画面中央に置かれた花。なぜ花嫁は花を抱えていないのでしょう?まるで墓碑に手向けるようにして、地面へ置いているのはなぜでしょう?よく見ると、その花は花束ではなく、筒へ挿してあり、やはりそこへ供せられることになっているようです。死者への鎮魂を感じさせます。 このようにして、幸せそうに微笑む新郎新婦は、非常なテンションに耐えており、観る人はそれをひしひしと感じます。大雑把に言って、多くの人はどこか不愉快な感じを抱くでしょう。 ここまできても、治癒的効果はさほどではないかもしれません。人は、ウエディングドレス姿の女性をなにしろ幸せなものとして見たがるからです。そのバイアスはとても強力です。いちばんいいのは、この花嫁の役になってみることなのですが・・・。
Algiz 8/26/2023 ふぅ~。ふだん使っていない脳の領域を使わされて、きしみそうでした。きっつ~、この課題! でもおもしろかったです!