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泣けないこども

夜9時。祖母の家の電話が鳴る。私は、もしかして!とドキドキする。祖母が受話器を取り「もしもし。うんうん、わかった。はい、じゃあ」と、あっけなく会話が終わり受話器を置く。

「お母さん、今日も仕事で遅くなるから泊まりなさいって」

やっぱりか…

ショックと悲しみで、こらえきれなくなった私は、さり気なくトイレに入る。そして声を出さずに泣くのが、お決まりだった。みんなに知られないように。

一通り泣いたら、普通の顔をして泊まり支度をする。今日も母に会えない悲しみと、家に帰れない寂しさを隠して。

そんなこと、なんでもないよって顔をして、普通に過ごすのだ。

叔母は「また泊まるの?かわいそうに…」と言うがいなや、祖母が「仕事なんだから仕方ないでしょ!」と、怒鳴る。

叔母はそれ以上何も言えず、かわいそうな目で私のことを見た。祖母は孫の私より自分の娘のほうがかわいいのかもしれない。いつだって、母親の味方だから。

そんな風に育った私は、絶対に人前で泣かない子どもになった。どんなに悔しくても悲しくても怒られても、友達の前では意地でも泣かない。私は強い子だと思われたくて、思いたくて、家族の前でも友達の前でも泣けない人になったのだ。

祖母の家に、私の歯ブラシなんてないから、従姉妹のものを借りる。私なんて、そんなもの…。

翌朝は、早起きをしてランドセルを背負って家に帰る。そして時間割りを揃えて登校する。

あるときは、早朝家に帰ると、男性が私の布団で寝ていることもあった。男性は私を見ると慌てて飛び起き、寝癖もそのままに逃げるように帰って行った。

母親と口をきくのも嫌になり、険悪ムードで家を飛び出し、登校した。

普通に家で親と暮らしている友人たちのことが、うらやましくて悲しくなったけど、学校に行けば家での辛いことは忘れることができた。それだけが唯一の救いだった。


もしかしたら、自分の子も、こどもの友達も、そこを歩いている子も、なんともない顔をして遊んでいるけど、どこかで隠れて泣いているかもしれない。辛い気持ちを隠して隠して、笑っているかもしれない。

サーチライトのように、自分の子だけでなく、こどもを見てあげたい。言葉にできない思いや辛さを察してあげられる大人でありたい。

私のような思いをしている子達が、突然おかしくならないように、人前で自分の本音を吐けずに苦しまないように、あなたのことを見ているよと、さり気なく伝えてあげたい。

わかってるよ。大丈夫。悲しいよね、しんどいよね。よくがんばってるね。

こどもの私に声をかけるように、君にも同じ言葉をかけてあげたい。

いつも見てるからね。