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ケケケのトシロー 14 

権藤会という反社組織の報復を恐れるカズのため、何とかせねばと思うトシローはキダローを訪ねることにした。彼の力があれば反社などといっても赤子の手をひねるようなものだろう。そう期待するトシローは例の神社にキダローを訪ねるが、そこで待ち受けていたキダローはトシローに修行をすると息巻いた。

前回までのあらすじ


(本文約2560文字)

「さあ、こっちへ来い」
 キダローは俺とカズを例の物置の中へ手招きする。カズは初めて来るこの場所に興味津々の様子だ。

「靴は脱がんでええ」土足のまま框をあがったキダローは俺達にもそうするように促した。前回に来た時よりも荷物がかなり減っているように見える。 
 あの時、俺がケープで長持ながもちやらなんやらを部屋中にひっくり返してしまった時は足の踏み場もないほどだったが、今は綺麗に整理されていた。

「ここはキダローの旦那の家ですか」カズが鼻くそをほじりながら訊く。
「いや、家ではないで、キダローはんの倉庫みたいなもんや」
 俺は前回のキダローの台詞をそのまんまカズに返した。
「ふ~ん」
 カズはそう言って鼻くそをぴっと指で弾き飛ばした。

「おい、お前、今、何かした?」
 背中を向けてゴソゴソしていたキダローが振り向きもせずにそう聞く。
「へ? ワシ? 何もしてませんけど……」カズはキダローが見ていなかったことをいいことにシラを切る。

 キダローは持っていた杖を立てたままの形で素早く上下に降る。先についている金属の環が『しゃくっ』と鳴った。
 次の瞬間、キダローはこちらへ返りながらその杖を振り回す。ぴたりと止まった杖の先はカズの鼻先1センチ、いや5ミリだ。振り回した時に環が『じゃらーん』と鳴るが、カズの鼻先で『しゃくっ!』と音も止まった。

「やっぱりゴキにしたろか」キダローが凄む。
 カズは杖の先を見て目が寄っている。膝はカクカクして、今にも漏らしそうである。そう言う俺も少しちびったかもしれない。
「すんまへん。嘘つきました。すんまへん、すんまへん、鼻くそ飛ばしました。土足で上がってるからええかなと思って」

「拾え!」キダローがそう言って杖で床を指す。近づいてみると床板にカズの鼻くそがぺちょりとついていた。

「キダローはん、見てなかったでしょ、なんでわかったんでっか?」
「鼻くそが見抜けないで、悪霊が見抜けるか!」
 解るようなような、解らんような理屈だが、とにかく俺は『さすが!』と言って拍手する。キダローは鼻くそを拾おうとするカズの頭を杖で軽く叩きケケケと笑った。

「キダローはん、その杖は新兵器でっか?」
「これか? これはな錫杖しゃくじょうと言うんや」
「ひゃくじょう?」
「ちゃうちゃう、『しゃくじょう』や。お地蔵さんが持ってはるやろ?托鉢のお坊さんとか、菩薩像や観音像でも持ってるのがあるわ。まあ、簡単に言えば杖やけどな」
「行者さんが持ってる杖といっしょですか?」
「ああ、修験道しゅげんどう修験者しゅげんじゃも使うな」

「そやけど凄い迫力でしたで」
「錫杖には魔を祓うという目的もある。だからこうやって音も鳴らす」
 キダローはしゃくっと杖を振った。鼻くそをどこに捨てようかとウロウロしていたカズが「ひっ!」と叫び頭を抱えしゃがみ込む。あーあ、あいつ自分の鼻くそ、きっと自分の頭につけたで……

「その錫杖とケープ持ったキダローはんなら、逃げた悪霊なんかすぐやっつけられるでしょ」
 俺は正直なところ、修行なんぞと言われてもな~と思っていた。そうだ、戦うのは俺じゃないし、このケープだって、俺が使う出番などありはしないだろう。

「甘いのう、やっぱり…… お前な、なんでわしがお前を助けたと思てんねん」キダローはボサボサの頭を掻きながら、どうしたものかとため息をついた。
「え? 情けないやつがおるなー、しゃーないなー、かわいそうやなーって感じとちゃうんですか?」

 キダローは「ちゃうちゃう(違う違う)」と左手を振ってから、「ゴキにするぞ!」とカズに向かって怒声を響かせる。見るとカズが鼻くそを窓枠に付けてごまかそうとしていた。『すんまへん』カズは外へ飛び出した。そうや、手でも洗ってこい。

「わしはな、もうそんなに戦えんのや」
 キダローは床に胡坐をかき、錫杖を右手の側に置いた。
「まあ、座って」
 キダローの表情や口調がいつもと違うのに気付きつつ、彼の前に胡坐をかく。
「わしもな、昔はお前と一緒やった」
「それは…… その、キダローはんも、ちびってたんですか」
「あほか。そうやないわい! 俺もお前みたいに優しい気持ちもあったいうことや」
「ああ、そういうこと…… それが戦えんと言う理由になるんでっか?」
「まあ、早い話がそうやな。悪霊に対峙するにはこちらも鬼にならんといかんのや」
「それやったら俺なんかあきませんやん。キダローはんのほうが鬼でしょ」
「お前な、なんでそんなことさらっと言うねん」
 キダローが苦笑する。だってホンマの事やろうと俺は思う。

「だからな、お前には鬼になる修行を積んでもらう」
「またまた、ご冗談を」
「冗談ちゃうがな」
「いや、俺にそんな根性ないの判ってますやん。すぐちびるし、びびるし、泣くし、そのうち大も漏らすかも」俺は世界一情けない男であるアピールをキダローにぶつける。

「それはよう知ってる……」
 あんたも容赦ないな。やっぱり鬼やん…… そう思った。
「でもなお前にも責任があるんやで」
「ええ! なんで俺に?」
「お前の意見を、願いを聞いて、あの男についてた悪霊をわしが呑み込んだやろ」
「はあ、そうでした」
「わしはそれで今まで五体まで飲み込んだんや。悪霊を」
「ようけ食べましたな~」
「あほか、大食いチャンピオンちゃうわ。わしはあと五つ分しか法力を使えんのや」
「ほな食わんかったらいいだけちゃいますの」
「そうやねんけどな、五つじゃこれからあの橋を渡ってくる悪霊全部は止められん」
「え、もしかしてキダローはん…… その五つの分を俺が補えと……」

「ファイナルアンサー?」キダローが古いネタを振ってくる。
「…… ファイナルアンサー……」俺は一応、のる。
「・・・・・・」キダローの顔が緊張を増す。俺は生唾を飲み込んだ。

「…… 正解!!」
「さいなら」俺は素早く立ち上がり帰ろうとした。

「待て!!」
 立ち上がった俺の右肩へ瞬時にキダローの錫杖の先が触れている。しゃくっという金属の音のあと、きーんという残音が俺の耳に聞こえた。俺はその瞬間、身動きが取れなくなった。

「お前がここを去ればわしが倒れた後、この街を、日本を守るものがおらんようになるぞ。それでええと言うんやな、お前は」

「そんなこと言われても……」俺は股間の湿り具合が気になりつつも、このとんでもない展開のプロットを考えた奴を一生呪ってやると思っていた。



15へ続く


注 あくまでもこの作品はフィクションです。



エンディング曲

Nakamura Emi 「大人の言うことを聞け」



ケケケのトシロー 1  ケケケのトシロー11
ケケケのトシロー 2  ケケケのトシロー12
ケケケのトシロー 3  ケケケのトシロー13
ケケケのトシロー 4
ケケケのトシロー 5
ケケケのトシロー 6
ケケケのトシロー 7
ケケケのトシロー 8
ケケケのトシロー 9
ケケケのトシロー  10


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