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セネガルでの体験-タリべの子どもたち‐

知り合いを訪れ、向かったセネガル。はじめての一人旅、フランス語は話せない、英語も拙い…。そんな中で手伝わせていただいたタリべ(Talibé)の子どもたちにご飯や遊ぶ場所を提供するボランティア。ただ知り合いの方が参加しているからという理由で連れて行っていただいたが、非常に貴重な経験となった。
(私が見たことをそのままに書きます。)

 〈タリべ(Talibé)とは?〉
イスラム教徒
説明をするよりも、JICA海外協力隊のサイトを読んだ方が、正しくわかりやすい説明があると思うので以下にリンクを添付させていただく。
「タリべ」を簡単にいうと、親元を離れ、コーランを学ぶために宗教指導者の下で暮らしている子どもたちである。その環境は非常に劣悪だ。多くの時間を路上で過ごすタリべの子どもたちは物乞い等をし多くの時間を路上で過ごしている。


このお手伝いをさせていただいた際にタリべについて私も学んだのだが、それまでにマーケットで多くの子どもたちにお金を要求されたことと合点した。

 〈少し複雑な気持ちになったマーケットでの出来事〉 
ある8:30日、マーケットで男の子にお金を要求され、手持ちのお金の関係で、多くの人は銀色のコインを渡している中、私は金色のコイン(価格は覚えていない)を渡した。すると、とても喜んでずっと手を振ってくれた。子どもたちが集めた多くのお金は指導者の下にいくため、私がお金を渡しても指導者が裕福になるだけであることはわかっていたからこそ複雑な気持ちになった。ただ、そのお金握りしめて喜んで無邪気な笑顔で手を振ってくれる姿を見ると、笑顔になる機会を与えられたことに意味を感じ、そして彼らがいつまでも無邪気な心を忘れずに健やかに育ってほしいと祈らずにはいられなかった。 現地でお世話になっている方に聞くと、その方はよくバナナなどを購入して皮をむいて、タリべの子どもたちに渡しているという。(指導者に持ち帰るのではなくその場で食べてもらうため)私も次回そのような機会があれば、そうしようと思った。


ここから、ようやく本題に入る!
タリべの子どもたちへのごはんの提供を手伝わせていただいた話である。
子どもたちは9:00-9:30の間くらいに続々と集まってくる。住宅街の中にある公園のような、保育園、幼稚園のような規模感の施設である。子どもたちが集まる前にスタッフの方は提供するごはんの準備開始する。いつも、ミルクとパンのようなものを提供しているようだ。(前まではコーヒーを提供していたが健康的な側面を考えてミルクになったよう。) その日のメニューはフランスパンにパスタを挟んだものである。私はパンを切るお手伝い・洗い物・パスタを混ぜるお手伝いをした。
準備をしている間に子どもたちが続々とやってきた。まずはみんなコンクリートの小さなグラウンドでサッカーをして遊んでいる。スタッフの方がレゴ、パズルを出してくると、比較的小さい子はレゴ、パズルに集まってきた。

〈子どもたちから学んだこと〉
レゴをする様子を見ていると、レゴに慣れておらず大きいサイズのレゴと小さいサイズのレゴをくっつけようとする様子や、レゴを逆向きに引っ付けようとする様子が見受けられた。残念ながら言語は通じないので、ジェスチャーで引っ付け方を伝えた。 ただ、驚いたのは彼らの吸収力、学びのはやさである。これは子どもだからなのだろうと思うが、初めはおぼつかなかったレゴづくりが、非常にクリエイティブな作品の創出に変わっていた。 出来上がると見せてくれて、一緒に遊んだ。
1人非常に私と仲良くしてくれた男の子がいた。その子は最初こそレゴをうまく作れなかったが、どんどんと成長していき、オリジナリティのある車を作っていた。できるたびに私は”笑顔”、”拍手”でリアクションし、感情を表現していた。ふと、ハイタッチはわかるだろうかと思い、手を差し出した。しかし、ハイタッチを握手と思ったらしく、握手の位置でタッチをする形になった。それ以降、レゴが出来上がるたびに、すれ違うたびに、私にタッチを求めてくれた。それもとても笑顔で。私にとっても幸せな時間だった。

スタッフの方とお話をする中で、知ったことを2つ書きたい。
まず、私は子どもたちを見ていて、けんかをしないことに驚いた。お世辞にも十分とは言えない量のレゴで、けんか1つせず、貸し借りを自由に遊んでいた。ただ、スタッフの方によるとはじめはみんなとてもけんかをしていたという。どんどんと通い、遊ぶ中で対人関係についても学んでいったのではないだろうか。 次に、意外とみんなレゴやパズルができない点である。もちろんだんだんと作品は素晴らしいものあくまではいたが、どちらの向きにどのようにレゴをはめるというのが分かっていない子どもたちが多かった。スタッフの方によると、遊びなれていないからなのではないかということだった。


ごはんの時間がやってきて、パンとミルクを配った。みんな一列に座り、受け取った。その後はそれぞれ遊んだり、人によってはシャワーを浴びたり、路上に帰ったりとそれぞれだった。ごはんの時間だけ来る子どももめずらしくはなかった。


〈全体を通して〉
私自身にとっては非常に貴重な経験だった。日本では絶対に見れない景色を見ることができたと思う。一方で、子どもたちが満足した生活を送れるようになるにはまだまだ道は長いと感じた。あくまで私が感じたことを連ねたがここに書き記すことで自分自身のアウトプットそして誰かの新たな発見につながったらよいと思う。


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