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オリジナル短編小説 【熱意を抱く旅人 〜小さな旅人シリーズ シーズン02 第二話〜】

作:羽柴花蓮
ホームページ:https://canon-sora.blue/story/

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 ゲリラ雷雨の中、大河と大樹はひろいものした。子猫でもなく、子犬でもなく、人だ。雨に打たれ、自暴自棄な表情を浮かべていた一人の男性だ。どこかで見たような、と見ていると向こうから声がかかった。
「なんだ。野口のおぼっちゃんじゃねーか。勘当されて会社作ったらしいじゃないか。俺を雇わないか? 犬のように忠実に働くぞ」
「相手にするな。大河」
 じっと見つめて何かを考えている大河に大樹は言って去ろうとする。
「待て。役に立つかもしれんぞ」
 そう言って大河は男に近づく。
「武藤の下だった天野伸だな? メシ食わせてやるからその経緯を語れ」
 そう言って腕を取る。
「おい。大河、正気か?」
「こいつは有能だ。武藤でさえ一目置いていた。どうしてこんな所に落ちてるのか知りたい」
 そのまま引きずる。
「さっさと歩け。風邪引くぞ」
 やはり大河はお母さん役が板に付いているらしい。妻というお母さんを持ってしても。

出迎えた武藤は口をぽっかり、口を開ける。
「天野・・・・。どうしたんだ? びしょ濡れで」
「拾った」
 大河が言葉少なに言うと風呂場に放り込む。
「征希のお下がり、置いておくから、シャワーだけでも浴びとけ」
 征希のお下がりと言えど、元々兄のお下がりである。なぜか大河は持ってきていた。にわかにブラコン疑惑が誕生したのであった。
「どういうことですか? 天野を拾ったとは」
「武藤、いい加減、敬語を直せ。出ないと話さないぞ」
「と、言われましても、ここでも下っ端ですし」
「平の会社員は会社内だけだ。ここでは皆、同じところに立っている。シェアハウスとはそういうことだ。わからないなら首を切るぞ」
 大河の言葉に武藤の顔が百面相する。それが面白い一姫と大樹である。
「面白がってないで助けてください!」
 武藤が懇願するが一姫はしらないー、と素知らぬふりをする。大樹は右にならえ、である。
「もう。これは性分なんです! 結愛の前でしか出来ません!!」
「結愛の前では敬語じゃないんだな?」
「もちろんです。未来の妻なんですから」
「それで、良しとするか」
 ほっ、と胸をなで下ろす武藤である。
「お。そろそろ皇子様の風呂上がりか。よし、尋問と行こう」
 大河が音を聞き分けて風呂場へ行く。
「尋問の前にメシ食わせてやらないと約束反故だぞ」
「そうだったな。来い、天野」
 天野を連れてダイニングルームへ行く大河である。そしていきなり宣言する。
「今日からここに住むことになった天野伸だ。武藤の同僚ならかまわないだろう? マギー」
「そうなのね。それじゃ、新たな旅人さんを向かい入れましょうか。天野さん、ご挨拶を」
「ただ、雨の中拾われただけなんだが・・・。まぁ、いい。天野伸だ。武藤の指揮下にいた。が、ある事で追い出されてクビになった。以上」
「クビって穏やかじゃないわね」
 万里有が言う。
「吉野の切れ者娘がいたのか。同居は許可するのか?」
「決めるのはマギーで私じゃないわ。先日、帰国したばかりだもの。もちろん、マギーは許可するわよ。ね?」
 ええ、と穏やかな微笑みを浮かべて天野を見る。
「あなたも何かの縁で知り合ったのよ。私達は会うべくして出会う仲なのよ。おじい様が言っていた。私と万里有は必然の出会いだと。その万里有の知り合いならもちろん、何か意味がある。それがわかるまではここの住人よ」
「金、ないんだけど」
「武藤さんと同じように会社に行けばいいわ。当分、それはお預けだろうけど」
「?」
 全員の頭にハテナ、が浮かぶ。
「夏休み。そういう所ね。あとでリーディングの答え合わせがあるからリビングに来て」
「リーディング?」
「あら。知らなかったの? ここはシェアハウスと同時に占い館でもあるのよ。私も事前リーディングしてきてるし」
 万里有が言う。マーガレットもそのつもりらしい。
「ほう。もう、マギーは解っていたのか」
「昨日、カードが告げたわ。旅人の仲間が増えると」
「じゃ、万里有とマーガレットと同じでこの男メンバーは必然だな」
 征希がにやり、と笑う。
「生意気に育ったな。三男坊は」
「兄がたくましいので、ね」
「まぁ。おいしい料理の前に言い合いはなしよ」
 マーガレットが言う。はぁい、と万里有が手を挙げて食べ始めた。
「つわり、ましになった?」
 元気にしている万里有を心配して亜理愛が聞く。
「なんとかね。土を食べたいとかあるけど」
「土!!」
 男どもはびっくりしている。
「調べたら、食べられる土ってあるって。取り寄せてある」
 そつのない弟にも兄がぎょっとしてみる。
「愛は地球を越える、か」
「そこは救う、でしょ?」
 大樹の言葉を一姫が訂正する。
 改めて集っているメンバーを見て天野がぎょっとしている。
「財閥メンバーじゃないか。よく武藤もここにいられるな」
「一応、平社員で会社に入れてもらってるしな」
 そこ、と征希は言う。
「平でつるむんじゃない」
「と、言われましても、昔の癖が・・・」
「持病のシャクが・・・」
「ちょっと。リックも何か言ってよ。マギーの料理ばかり食べてないで」
 一姫が言え、と言う。
「おいしいよ。この料理」
 にっこり、外野だと言わんばかりにリチャードは言う。
「そういえば、マギーにしか制御できん男だった・・・」
 三兄弟が撃沈している。
「なんなんだ。このカオスは~」
 天野の叫びが夕闇に響いていった。

食事を終えたメンバーはゆっくり時間を過ごすとリビングへ集り出す。天野も行く。武藤が来い、というと思わず、はいと言わざるを得ない、職業病である。
 リビングのソファの上座にはマーガレットが館の主人として座る。その脇に万里有。リーディングの補佐をしていることから自然とそうなっている。征希は万里有の隣でぽーっと愛妻を見つめている。大河達もそれぞれ夫婦で座る。独り者は武藤と天野だけだ。リチャードは、このリーディングに参加する必要はないためそのまま好きな席でマーレットを見ている。一応、リーディングの経験はあるが入院していた時期が長く、これもリハビリ中である。まだ、自分のカードデッキさえ持っていない。いずれ、マーガレットを補佐する人間になる事は万里有には見えていたが、黙っている。自分が去った後、マーガレットを支えるのはリチャードの役目だ。いずれ、皆、別々の道を歩く。それまでのモラトリアムだ。最後の猶予期間、である。自分の道を選ぶ旅人のテーマは終わっていない。万里有はその事を十分理解していた。
「では、昨日、カードが示したメッセージを告げるわ。これは人生を旅に例えた聖なる旅人のカード。ここに来る旅人にメッセージを伝えるのが私達の役目。マリーはまた違うカードから私を補佐してくれているわ」
 もったいぶらないで早くしろ、と叫びそうになった時、武藤に足を踏まれた。痛みを我慢する。
「落ち着け」
「すみません」
 三兄弟には生意気な口をきけても元、上司には弱い天野である。
「カードが示したのは『Embracing enthusiasm』、意味は『熱意を抱く』。メッセージは『天に向かって、歓声をあげなさい』。メッセージの中にはいろいろとあるけれど、今の天野さんの様子を見ていれば、職を失ったようね。今は、馬鹿になって歓声を上げることが一番。ということになるわね。リスクを冒してでもとあるわ。そして一番のメッセージ、今日は仕事を休みましょう、だわ。クビになったんだから、しばらくその自由を満喫してみては? 武藤さんみたいに仕事一筋だったようだし。平の会社員になる前に夏休みを満喫してはどうかしら? どんな小さな事でも大切に味わい、喜び祝い、その日その日の素晴らしさを発見するのだ、ともあるわ。仕事よりも日常生活を楽しむのが一番ね。マリーはどう?」
意見を求められ、やっとカードをひっくり返す。
「『ブルーベルの妖精』、キーワードは『感謝』。マギーの言葉と合わせると、日々の出来事を楽しみ、その事に感謝すると人生がよりよい物になる、て所かしら。やっぱり、夏休みが必要ね。感謝の気持ちを忘れたままで仕事はできないわ。ここに拾われて良かったわね。マギーなら甘やかし放題よ。リックに焼き餅妬かれないといいわね」
 茶目っ気たっぷりに言っていると征希が万里有の顔を自分に向ける。
「マリーは俺だけみてればいいの」
「相変わらず、お熱いわね」
 一姫が突っ込む。
「いいだろう? 新婚さんなんだから」
「って、何年新婚なのよ」
「子供が生れるまで」
 征希の言葉に天野はぎょっとして周りを見渡す。マーガレット以外は皆、マタニティ服である。
「この、幸せ絶頂の中に上司と二人で独り者か?」
「残念だ。私にも恋人がいる。もうすぐプロポーズの予定だ」
「そうなの? じゃ、サプライズしなきゃ」
 一姫が乗り出してくる。それを大樹が抑える。
「それより天野の経緯を知りたい。武藤が去った後なら天野が秘書のトップになってもおかしくなかった。誰が来たんだ?」
 大河が追求し出す。
「岡田、だ」
「あの、なまくら坊主が?」
 武藤が思わずぞんざいな言葉を吐く。
「おまけに以前から横領を働いていた。それを見つけた俺と他の秘書が告発するとあっという間にクビだ。今や、野口家は形骸化している。すべて岡田の手に落ちている。会長も手の施しようがない」
「だったら、おじい様とお父様に野口家再建の手助けを出すように言うわ。他家の事に首を突っ込むのも問題だけど、嫁入り先だから、手は入れられるわよ」
「吉野家が出てくれば丸く収まるだろな、だが、世間的信用は下落する。空中分解するかもしれない」
「なら、吉野家に買収させるわ」
 穏やかではない会話を天野と万里有がする。
「二大、「野」財閥になれば、穏やかにすむわ。婚約破棄の問題もいずれ風化するし」
「ああ。お嬢様からの破棄という事になっていたな」
「でも、三男坊と結婚してるから一緒なんだけどね。しばらく仕送りは止まっていたから忘れていたわ。会社も軌道に乗ってるし、征希の学費やらは私の貯金で済ませたから」
「どれだけ持ってるのだ?」
 大河達の質問には口を閉ざす。
「な・い・しょ。征希も言っちゃだめだからね」
「へいへい」
「パパ!」
「はい!」
「よろしい」
 この年の差婚のカップルいつ見ても飽きない。馬鹿らしいほどいちゃついてくれる。

天野に会いにくる旅人はいつ来るであろうか。きっと、天野にも必然の相手がいる。ここはそういう人間が集る場所なのだ。当分、お茶会に参加してもらおう。
 マーガレットと万里有の考えていることは一緒だったらしい。目線を合わす。小さく頷くとこの天野がリチャードを引っ張り出してくれるのマーガレットは願った。リチャードはまだここの住人に心を開いていない。常に内向きだ。マーガレットがそうだったようにリチャードにも背中を押す人が必要だ。二人で確認し合っていると征希が万里有の顔の向きを変える。
「マリーはこっち」
「はいはい。大好きよ。征希」
 そう言って軽く頬にキスする。天野はこの人数の中でいちゃつく夫婦を唖然と見ている。切れ者の当主の娘がこんなに夫にメロメロとは。聞いていた話と違いすぎる。
「お前もそうなる日が来る」
 武藤がそっと耳打ちする。
「まさか」
 天野はまだ憔悴しきった心を癒やせてなかった。それからか、と男四人も目を合わせる。すると妻達がこぞって顔の向きを変える。
「こっち」
「はいはい」
 甘い新婚劇場が開園する手前でマーガレットが立つ。
「今日のリーディングはお終い。あとは人前で出来ない事は部屋でしてください」
「はぁい」
 妻達が夫を引きずる。
「あの、冷静なおぼっちゃんがねー」
「行くぞ、天野」
「どこへ」
「お前の部屋の案内」
「まさか。武藤さんその気が・・・」
「馬鹿言うな。私には結愛がいる」
「ならいいですが」
思わず身を守る天野である。

 新たな旅人を向かい入れた陽だまり邸。当分、ゴシップが吹き荒れそうだ。

 あなたの道を後押しします。

 明日もこの言葉に惹かれてやってくる旅人をマーガレトと万里有は待っていた。


【Fin.】

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