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オリジナル短編小説 【ケムタの憂い】

作:矢神信一

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毛虫のケムタが卵から孵化したのは、葉っぱの上だった。
生まれた頃は、たくさんの兄弟と葉っぱを一緒に食べていた。
しかし、兄弟たちは好む葉っぱが違うみたいで、
それぞれ、違う道を歩みだし、みんなバラバラになっていった。

ケムタは親の顔を知らない。
お父さんもお母さんも、ケムタが生まれた時には居なかった。

ケムタの友達は、葉っぱの様な緑色である。
葉っぱと同じ色にするのは、外敵に襲われない様にする為らしい。
神様の計らいなのかも知れない。

しかし、ケムタは他の友達とは姿が違っていた。
ケムタの色は黒かった。
しかも友達と違って毛が濃い。
それが、ケムタのコンプレックスでもあった。
何故、僕には毛が生えているのか?
何故色が黒いのか?
生まれた時から決まっているのは何故なの?
誰が決めたの?
神様だろうか?
ケムタはいつも不思議に想っていた。
ケムタは大きくなるたびに、皮が脱げていった。
脱皮というのだが、初めての脱皮の時は驚いた。
身体大きくなって、窮屈だな~と感じていた時
突然、身体の一部が破けたのだ!
そして、スルスルという感じで身体が通り過ぎて行けたのだ!
痛くは無いのだけど、初めての脱皮の時はビックリした。
後、何回か脱皮をするらしい。
先輩の芋虫の芋ちゃんが、教えてくれた。

僕たちは、普通葉っぱを食べるのだが、白菜やキャベツが大好きだ。
だけど、僕たちが食べている時に、人間に見つかると
僕たちは薬を掛けられる。
その薬は僕たちにとっては、薬では無い。
その薬を掛けられると、僕たちは死んでしまうのだ。
それも、もがき苦しみながら死んでいくのだ!
僕達は何も悪い事などはしていない!
人間の作った野菜を食べただけで、
僕たちは人間に殺されるのだ!

昨日も、僕の友達が死んだ。
もがき苦しんで死んで逝った。
僕は泣いた。
涙は出ないが哀しみが身体を、突き切った。

いつの日か、僕もあの様に殺されるのかと思うと怖くて、
昨日は、眠る事が出来なかった。

人間は本当に残酷で愚かな生き物である。
この薬を掛けると人間の健康に影響を及ぼす事を知っていながら、
薬を使う。
農薬と云う毒を使うのだ!

それに、人間の子供達は、毛虫を見つけただけで、気持ち悪くなるのか、僕達を踏み潰す。
何も子供達に迷惑を掛けて無いのに、殺される。

そう云えば、ゴキブリのゴキちゃんが言っていたのを思い出した。
「人間はゴキブリを見ただけで、殺しに来る」と。
「食べ物に釣られて家に入っていくと、
ネバネバの液体に捕まった」
運良く逃げられたが、危うく死にかけた。
「僕達、何か人間に悪い事をしたのか⁉️」
と、泣きながら言っていた。
「人間はゴキブリが汚いと想っているが、かぶと虫だって汚いぞ。
姿は、ゴキブリもかぶと虫もあまり変わらないのに、ゴキブリは殺される」
と、絶叫して泣いていた。

その話を蜘蛛さんが聞いていたのか、蜘蛛のクモ太郎が、やって来た。
「私は人間に復讐する為に、蜘蛛の巣の後かたずけもせずに、掃除もせずにそのまま、置きっぱなしにして行くのだ。人間を嫌がらせる為にいつもそうしている」
と、教えてくれた。
なるほど、クモ太郎もたまには良い事をする。人間がクモの巣に引っかかるのを想像しただけでも、楽しくなる。
昆虫の仲間では、「あいつには気を付けろ!罠にはまると生き血を吸われる」と、警戒されいつも嫌われているクモ太郎である。

生き血を吸うという言葉を聞きつけてきたのであろうか、
蚊のカ―助が「ぶ―ん」と音を立てながら、やってきた。
「お前たちも人間が嫌いか!俺もだ。人間なんて大嫌いだ。
だから、俺たち蚊族は人間の生き血を吸ってやるのだ!
生き血を吸われた人間が世界中で大勢死んでいるぞ!
多くの人間を、我ら蚊族が殺したぞ!」
と、勝ち誇る様に威張って云ってきた。
最後に
「お前の毛、どうにかならないのか?パーマでもあてろ!」と
捨て台詞を残して、蚊のカ―助は遅いスピ-ドで飛んで行った。

「本当に住みにくい世の中になったものだ!」
と、かぶと虫の親方がいつも言っていたことを思い出した。
そう云えば、かぶと虫の親方も最近は、見かけない。

都市伝説ではあるが、かぶと虫の親方は子供達に捕まえられて、
注射されたと言われている。
注射の正体は不明であるが、かぶと虫の親方は注射された後、
動けなくなったそうだ。

僕達が安心して暮らせるのは、いつの日になるのか判らない。
人間がこの世にいる限り、そのような日は来ないのかも知れない。
人間達は、自然環境を人間たちの都合で破壊して行った。
その為なのか、異常気象になっていった。
大雨が降ると僕たち昆虫も困るのだ!

だが、仲の良いはずの昆虫達にも、イジメがある。

毛虫のケムタはいつも他の昆虫たちにイジメられていた。

その、毛むくじゃらの容姿を、他の昆虫どもが、馬鹿にするのだ!
罵るのだ!

ケムタはいつも悔しくて、泣いていた。

カマキリのカマオが云う
「おまえは、そんな汚らしい毛を生やして気持ち悪く無いのか?
俺の釜で刈ってやろうか?」
と云うので、僕はカマオに怯えてはいたが、勇気を持って

「遠慮しておきます。毛が無くなったら、毛虫で無く芋虫になってしまうので、毛を刈ってもらわなくても、結構です。」
と、はっきりと言い切った。

カマキリのカマオは鋭い目で僕を睨んできた。
「いつでもやってやるぞ!」と、カマオの殺気と食欲が感じられた。
カマキリのあの目は、他の昆虫の仲間にも恐れられている。
後で聞いた話だが、カマキリのカマオに食べられてしまった
僕の仲間は大勢いるらしい。
ヘビの蛇助が云う
「おまえの、姿は私に似ているが、チビ助だな。
チビは女にモテねえぞ!歳をとったらお前、大きくなるのか?
大きくなっても、俺みたいに立派にはならないだろうが!」
と、笑っている。
僕は蛇助に言い返してやった。
「お前が女にモテていたのを、誰も見た事が無いぞ!」
と、僕の心の中で蛇助に怒鳴ってやった。

蛇助は僕の心の声を聞いて怖かったみたいで、
音も立てずに、すごすごと逃げて行った。

でも、悔しかった。チビは本当の事だ。

ムカデのヒデオにも云われた
「おまえ、足が無いのか?どの様にして歩いているのだ?
キモい!あっちへ行け」
と。

僕は幽霊では無い。
「足が無くても生きているぞ!」
と言ってやりたかったが、ムカデのヒデオに噛まれるのが、怖かった。

一番ショックを受けたのは、
「あなたは、私に容姿は似ているけど、太っているわ!
いわゆるデブよ。もっとダイエットしてきたら!」

と、ミミズのミミ子に云われたことだ。
ミミ子とは恋人だと思っていたから、その様に云われた時は
頭がパニックになった。

ミミ子だけは、私の気持ちが解ってくれると想っていた。
似たもの同士、お互いの気持ちが解りあえると信じていた。

何故、姿や形が醜いだけでイジメを受けるのであろうか?
同じ昆虫、同じ生き物ではないか!
何故、他の昆虫たちは僕に同情してくれないのだ!
僕を助けてくれる生き物は居ないのか⁉️

みんな、自分とは関係が無いと思いこんでいる。
僕に関わりたく無いのだ!
こんな薄情な昆虫達と一緒にいるのが辛くなった。
イジメに耐える事が出来なくなり、僕は生きるのが嫌になった。
このまま、カラスの餌になろうか? と想っていながら、
山道を歩いていると、綺麗で華麗にそして優雅に舞いながら飛んでいる生き物が、僕の視界に入ってきた。

青い空が段々と橙色に変わっていくその時に
その生き物と出会ったのだ。
不思議な生き物である!

よく観ると黒い羽に青く光る絵柄が描いてある。

「なんだろう?あの気品のある黒くて美しい生き物は?
初めて観た!」

それは、黒アゲハ蝶だった。

黒アゲハ蝶のお姉さんは、僕を見て優しく微笑んでくれた。

そして
「君はここで何をしているの?」
と、澄んだ声で聞いてきた。

ケムタは驚いた。
何故なら、今までに優しく話しかけてくれる生き物は、ほとんどいなかったからだ。
いつも、強い語調で馬鹿にされ、イジメを受けていた。

だが、黒アゲハ蝶のお姉さんは、僕を嘲笑する事無く、
優しく話しかけてくれた。

綺麗な者は心も綺麗なのか?と、ケムタは感じた。
黒アゲハ蝶のお姉さんに、ケムタは心を許したのか、
何も隠すこともせずに言った。
「みんな、『僕の姿が汚い』と言って馬鹿にするの」
と、初めて会った黒アゲハ蝶のお姉さんに、ケムタの悩みを打ち明けた。

ケムタは親に言う様に甘えて云った
「生きるのが嫌になったから、カラスにでも食べられようかと想って此処に来たの」
ケムタの声は今にも泣きそうだった。
今までの辛かった想いが込み上げてきたからだ。

黒アゲハ蝶のお姉さんは、ケムタを優しく見つめながら、

「そうなの。みんなが貴方を…………。
可哀想に。でもいつの日か、みんなが貴方を羨ましく思う時が
必ず来るよ。だから、死んじゃダメ。生きて生きて生き抜くのよ!」

と、優しさの中に強い確信のある言葉をケムタに伝えた。

みんなが僕を羨ましく思える時がくる?
そんな事は考えられない、と思ったが

黒アゲハ蝶のお姉さんが、確信を持って話す言葉を
ケムタは信じて、カラスの餌になる事は辞めにした。

だが、昆虫達のイジメはまだ続いている。
ケムタを助けてくれる生き物は、誰もいない。

ケムタの生きる希望は、黒アゲハ蝶のお姉さんの言葉を信じる事だけだった。

「いつかみんなが羨む姿になる。」
この言葉に支えられて僕は、希望を持って毎日過ごした。
時が経ち僕は、さなぎになっていた。

時は留まる事を知らず、過ぎていく。

そして僕は、大人になった。
今までの姿とは全く違う生き物に生まれ変わった。

生きていて良かった。

多くの僕の兄弟達は途中で死んだ。
他の生き物の餌になり、兄弟達は死んで行った。
途中で病気になって死んだ兄弟もいる。
殺された友達も大勢いる。

立派に大人に成れたのは、僕とケム子の2匹だけ。

大人になった僕は、どの様な姿であっても生きる事の素晴らしさを感じた。

僕は、大空を思うがままに舞い踊った。
それは、以前観た黒アゲハ蝶のお姉さんの様に。

空から地上を見ると、イジメを受けて悩んでいた自分が
馬鹿馬鹿しく思えてきた。

僕をイジメてきた昆虫どもが、ちっぽけに見える。

僕を「チビ助」と言って馬鹿にしていたヘビさえも、空から
見ればヘビーでは無く、ただのチビだ!

生きる事は素晴らしい。

あの時カラスの餌になっていたら、こんな楽しい気持ちは、
味合うことは出来なかった。
「生物は生きてこそ、生き物なのだ!」
と、生き抜こうとする強い思いが湧いて出てきた。

たとえ僕の寿命が、僅か一週間だとしても、生きる事は素晴らしい。

たとえ私が、蛾であっても………。


【完】

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