スピリチュアル・ジャーニー

2012年9月22日、彼はこの世を旅立だった。

21年の日々を私と共に生き、私を納得させて、旅立って行った。

確かに私は、葬儀の事とお墓の事、今後の事、彼の言い分に『判った』とは言った。

ソレは彼の望みなのだと受け入れた。しかし、まさか次の日に旅立つとは思うだろうか?

帰宅すれば、3連休。今後についてゆっくり話しあえると思ってた。連日阻止続けた出社に留めを差し、会社を辞めて貰うつもりだった。

予定していた観月祭も行けないと思ってた。

それ位、貴方の疲れは限界の達しているように思えたから。

会社行くのをやめてと連日頼んだが、

それでも貴方は出社した。
半分、私は怒っていた。

頑張り続けるその根性は、日本では美徳かも知れない。しかし、私には信じられない。

自分を犠牲にして迄、この少し狂った社会に貢献する必要があるだろうか。

次日の朝。

電話がなる…。貴方の会社からの電話『ご主人が倒れまして…』

私は昨夜の事があったから『どちらの病院に…』っと聞いた。

次の言葉があり得ない。

『お亡くなりになりまして…』

アレだけ会社に行く事を止めたのに貴方は連日、出社した。

そんな貴方に私が投げつけた言葉
『このままじゃ死んでしまうよ』

貴方は、少し荒げた言葉で『そうや死ぬんや』と返し、その後、冷静な言葉で、淡々と話し始めたよね。

通常なら聞き入れてくれる願い事を貴方は聞いてくれなかった。そして、用意していた様に、淡々と話し始めたよね。

確かに貴方は、以前に私の言ってはいた。

病院のベットでは死にたくない事。最後まで動いて、この人生を終えたいと。

父と同じ60歳までの命であると思うという事も。

60歳の誕生日の日のお祝いの言葉に『嬉しくない』と言ったことも、還暦の祝いはしないと言ったことも、厄年の厄払いも応じてはくれなかった事も。

貴方にとっては、これが最善だったと受け入れて、前日、貴方に言われた通りに、葬儀等は運んだよ。

でも、本当突然で、現実とは思えなかった。

お兄さんが、迎えの行く車の中で『どういうこっちゃ。何で1番下の弟が1番早く…』

冷静に受け止めて、昨夜の貴方が話した事を、話したと思うがどんな風に伝えたのか…』も
勿論、思い出す事は出来ない。

転職して、その日が3ヶ月を過ぎた本採用である日だった事を、貴方の手帳から後で知った。

限界の体調なのに、この選択を選んだのは何故⁉️

この選択を選んだのは、私の為しか思えない。

私が生きていける様に。
社会保険が少しでも頂ける様に、私が会社を辞めるのを待ったのかな。

私を扶養の入れる手続きを終えて、貴方が旅立った様に今は思える。






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