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癌が発見されてから現在まで

ザザッと病歴
2020年11月の健康診断直後から不正出血と腰痛が続いていましたが、仕事やスタッフの退職相談で忙しかったので『疲れがたまったかな』程度に思っていました。

半年以上不正出血が改善せず、腰痛と倦怠感が酷くなったので、さすがに不安になり2021年9月9日に近医婦人科受診しました。
エコーと内診で子宮頚管の疑いありと言われ、すぐに大きな病院に行きなさいと、都立○○病院に紹介状を書いてもらいました。
(婦人科初診は予約がいっぱいです。先延ばしにしないですぐに受診をお勧めします)

・9月10日、○○病院受診
CTとMRIの結果、「子宮体癌」にて子宮、卵巣と右鼠径リンパ節に転移があり、すぐに手術したほうがいいと説明を受けました。
・2021年10月10日に子宮と卵巣、両鼠径リンパ節の全的手術(10日間入院)
・同年11月から6ヶ月化学療法(1クール)
その後は月に一度の定期受診と6ヶ月毎にCT検査、特に問題なしと言われましたが、右股関節痛、手足の痺れ、右肋間神経痛があり、化学療法の副作用と体力低下なのだろうな、リハビリしないと職場復帰は厳しいな、と思っていました。
・3月、手足のスキントラブルが悪化、主治医に相談すると同院皮膚科に連絡してくださり、『掌蹠膿疱症』の診断で皮膚科も毎月併診となりました。
去年11月のCT所見に肺に小さな影があったらしいのですが、当時は特に問題ないですねとの説明で安心していました。

・2023年4月23日(日)より急性腹痛で26日に駒込病院 婦人科主治医に受診→血液検査で当日帰宅(腹水は無いが、腸管蠕動が弱く、腹部憩室炎の前兆かもしれないと説明を受けました。下剤を用いてコントロールを真剣にやらねば!腸活の大事さを実感します)

・2023年5月のCTで肺の影が大きくなっていると婦人科主治医からスマホに電話連絡が来ました(5月18日)
今後は2か月に1度の通院でいいですよと言われたばかりなのに、マジですか?!

・呼吸器内科受診を勧められ、「わかりました…」と返事をして電話を切った数分後、再び婦人科主治医から電話が来てまたもびっくり。
 主治医の先生が呼吸器内科に予約を取ってくださる際、呼吸器内科の医師から「結核かもしれない」と指摘されたので、先に感染症外来に受診するよう言われたのです。
な、なんですとっ???
け、結核?? いやいや、万が一もあるのでここは先生に従わねばと感染症外来入り口の説明をしていただきました。

・5月25日から26-27日(3回分の痰を持ってくるよう言われ、25-26-27日感染症外来を受診(検査)

・6月1日感染症外来で「結核は否定」
ほっと安心……それでなくてもコロナの時期にやめてよね(心の叫び💦)
気管支鏡検査をする為に呼吸器内科と合わせて受診をすることになりました。

・6月7日 外来通院で気管支鏡検査(感染症外来、呼吸器内科)
麻酔もするので辛くないと言われたましたが終始意識はあり、溺死するかと思う程きつい検査でした…
二度としたくない検査、私の中で殿堂入りです(泣)
(数日血痰、その後動機と息切れが酷くなる←病は気から? 大袈裟なのかな、と内心落ち込みました)

・6月8日 呼吸器内科より右肺小細胞癌とリンパ節転移があったと説明されました。
予約が難しいとされるMRIでしたが、急遽予約を入れてくださったとの事で脳MRI、ステージを知る為にPET検査をすることになりました。
(展開が早すぎて、先生方の指示についていくだけで必死です)

・6月22日 脳MRI (脳に転移が無いか確認)
・6月26日 PET (痛くはないけどお高い(泣)
     保険3割でも3万円超え! 

・6月27日 呼吸器内科より
 肺の小細胞癌、リンパ節転移の他に
頚椎、肋骨、左肩甲骨、骨盤への骨転移)と、肝臓にも転移が見つかり、癌ステージ4と診断されました。
 (2022年から寝違えと肋間神経痛、慢性腰痛だと思っていた痛みは骨転移だったのでした💦)

・至急抗癌剤治療をしましょうと言われ、
6月27-28-29日から、月に3日間の抗癌剤治療6か月予定で開始となりました。
・7月7日 婦人科、皮膚科定期受診(子宮体癌術後)今後も2ヶ月毎の定期受診と言われました。
 ※婦人科の先生、お忙しい中で沢山の連携をしてくださって本当にありがとうございます。

・7月10日 呼吸器内科受診、2クール目の抗癌剤治療説明。耳鳴が出たので次回は薬を変えましょうとの事で、お任せしました。

・2023年7月19日-20-21日 抗癌剤治療
現時点

■ステージ4と診断が出た時点で、「すぐ治療しなければ3か月後命の保証はないよ」と呼吸器内科の先生はすぐに治療開始計画を提案してくれます。

 3か月!? そんなに早いの?
 ショック受けてる場合ではありません。
一昨年初回化学療法での2泊3日入院から帰宅した翌日、我が家は唯一元気だったはずの妹が急死という事件があり、その時も慌てまくった経緯があったのです。
 私が倒れたら我が家に残されるのは、老いた母と、まだわんぱく過ぎて目の離せない子犬です。
癌告知にショックを受けるより、動ける内にできる事は手配しておかなくては!と焦りまくりました。

慌てて(パニックになりながら?)思いつくことは終活、特にお金についてでした。
・葬儀社にエンディングノートを送って貰う(買いに行くのは恥ずかしかった為)
・収入が無くなる前に、悪性腫瘍として障害年金申請をする為に社労士さんを同院ソーシャルワーカーから紹介して貰い、4月から代行をお願いしました。
(障害年金申請って、素人にはとても大変と患者さんを見ていて痛感していた為と、体力が無かったからです…)
ちなみにお値段は年金額の2ヶ月分+必要経費でした

社労士さんからは7/31に申請すると連絡があり、転移発覚以前の書式出だすとの事でした。障害年金3級を目指すそうです。
ステージ4については翌年5月以降の申請となるそうですが、呼吸器内科の先生の話を聞いていると、そこまで生きていられるのかな? という疑問が何度も頭をよぎります。

ともかくできる事を1つでも多くやり遂げなくてはと思いつつ、迷走?空回りをしている日々です。

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