私小説【愛と恵みがいつまでもありますように】交じり合えない原子の成れの果て

今日の主人公は陸です。私の最初から終わりまでを独占してしまうあの、最も危険な彼について最近起こったことを記録していきます。

陸の胸の中にはいつも弱さと強さが内在していて、その内在し交じり合う氷と炎がいつもいつも天高く柱のように上昇するように何かに怒りを感じています。その内情を見つめられているのはおそらく始まりから終わりまで私だけでしょう。それがまたある種の私のプライドとなり、私をこの世で力強く歩ませているわけですけれども、そのことを私はばれないようにうまくうまくオブラートよりも薄い膜で包みながら陸を見つめてきました。そのことについて陸はどう思っているのか、今はまだわからないという認識をあえて私の中で持っているべきだと思います。これは、何か別の感情と置き換えてもかまわないわけですが、今はそう感情を位置づけることで私は彼を抱きしめてあげられるのです。正直語弊がない言葉を使えば懐柔できるのです。

私の懐柔を人がどう判断するのかは私の備わったアンテナが鋭敏にも甘受しますから、論じる必要もありません。ときに二面性があると揶揄し、時に救世主であるとあがめます。だから私は流れのままに感じられているままに、そのままの行動とキャラクターをあえて演じます。時々で与えられているキャラクターを演じることはとても便利なことです。

私のような人間はどこかに迎合しないと世の中をうまく生きていけない。ドーリスという言葉をご存知でしょうか。いわゆるニンフェットという魔性性を備えた妖しい妖精です。私はこのドーリスこそ私であると考えます。アルファたちのドーリスになることこそオメガバースの私の生き方であるとさえ置き換えています。


話がそれましたが、陸の柱のように常に上り続けるその力を受け止めるとき、私はとても痛みを伴います。彼の力はいつでもだれよりも強く暗く閃光のように瞬き、爆発的です。その力を私はいつも私のすべてで受け止めます。何をされてもかまいませんでした。そう、受け止めることこそが愛情表現であると、そう教えてくれたのも実のところ陸でした。


あの日は、中学校の、、、二年生の夏休みでした。


むせかえるような湿気の中、窓を閉め切ったあの部屋には黄色い蚊がいて、部屋の電球は白熱灯でしたから、部屋全体が色彩を失っていました。

あの時、私は人生ではじめてキャミソールを着ていました。大人になったような恥ずかしさと陸がきっと面白がりながらもかわいいねという表情をしてくれると算段しての衣装だったのです。ドキドキした女の顔というのは上目遣いでまるで何かを乞い願うようだとわかったのは、大人になり陸と共に鏡で確認しながらの時でした。あの頃はもっともっと素直な私がただただ陸が私に惚れていく様を見たがったのです。そのあとのことは申し上げるまでもありませんでしょうか。想像を脱することはないかと思われますが、これは記録ですから一応記していきます。つまらぬ痴話げんかであると判断されるのであれば、飛ばしてもらってけっこうです。想像通りのつまらぬ痴話げんかでしたから。


キャミソールの中には白い肌が隠れていたわけですが、その肌触りを想像するのであれば、陸はアルファではなかったとわかります。陸がアルファであること、それは嗅覚を使って私を捕縛したことでした。

あのあとのつぶやきを私はいまだに鮮明に覚えています。その声色はかすれていました。およそ14歳の男の子が発する声ではありません。

「あめの、何か変なにおいがする」

ショックでした。その一言があまりにもショックで目の中に色を消して漆黒をまといました。瞬間的なその後の自分の記憶は消し去りたいものでしたが、消し去ることはできません。鮮明に、そう、それは鮮やかに明るく記憶しているのです。記録ノートなど必要がないほどに。

陸はあの日から変わりました。すべてを知っている私に何もかもをさらしながらも、いい加減に扱いながらも、自分と私が主従関係であることをことごとく印象づけるような言動に終始しています。それは今も変わりません。あの14歳の夏から私たちは変わりません。永遠に。死がふたりを分かつまで。そう、それはレイや永さんでも引き裂けないものです。そのことを私は知っています、そして陸もよく知っています。歴史とはそういうものです。私たちの歴史の長さはレイでも永さんでも侵食できないのです。


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