私小説【愛と恵みがいつまでもありますように】10月10日の上弦の月
10月7日、ああ、あれから約一週間が過ぎたのですね。あの日はひどい一日でした。こんなところに自分を晒してしまったから罰があたったのではないかと思うほどに…。
「その症状」は6日の夜半からはじまり、私の子宮は伸縮を繰り返しあふれ出る何かに布団を汚してしまうほどで、誰かが見てやしないかと疑心暗鬼にも何度もカーテンから外を覗きました。もちろん、立てませんでしたから這いつくばって窓辺に行きました。カーテンの隙間から外を覗くと誰もおらず、安堵して気を許したのが良くなかったのでしょう。少しだけ、そう、少しだけ冷たい空気にあたりたくて窓を開けたのです。10月の風よりももっともっと冷たい風が私の肌を優しく突き刺しました。心地よくて思わず、声が漏れてしまったのです。髪も乱れ、寝間着も乱れているのは仕方のないことです。身なりにかまっている余裕は「その症状」が出ているときは、ありませんから。
窓の外に気配を感じたのはそのすぐあとでした。私のアパートは1階ですから、油断してはいけなかったのに。
「あめの?」
その声に私は思わず「ひっ」と息を止めてしまうほど驚いてしまいました。発情期に絶対に逢ってはいけない3人のうちのひとり、レイがそこにいたのです。
私の目を見たレイが正気を失ったことは言うまでもありません。あの時の恐ろしさと言ったら思い出すことも吐き気がします。
レイの目は血眼になり、猿のようにベランダの柵を超え私の左腕を乱暴につかみました。その一連に5分もかからなかったでしょう。常におだやかで聞き上手のレイの血眼の瞳に私は恐れをなすはずが、そんな時間さえもありませんでした。
言葉はありませんでした。
窓を閉めることも忘れ、レイは私の首にかみつきました。まるで血を吸うように深く牙をたてたのです。私は痛みのあまり小さく悲鳴をあげました。しかし、悲鳴であるのに大声ではなかったことに自分の病の厄介さを感じました。実際には頸動脈には達しませんでしたが、流れ出る一筋の血潮をレイは一滴残らずすすりました。
「あめの、あめの」
レイはうわごとのように私の名前を呼びました。私は恐怖のあまり声も出ず、ただ喘ぐように荒い呼吸をしながらレイの目を見据えていました。
レイは何を思ったのか近くにハサミを見つけると自分の腕を傷つけたのです。そして、流れ出る血を私の口元に押し付け「飲め」と命令しました。私は従いました。それしか助かる術がないと信じていたからです。
レイの血の味はひどく苦かった。ただ不味くはなかった。一滴、二滴と飲んでいるうちに私は我を失っていく自分を俯瞰して見つめていました。
飲み干した後、レイは腕を私の口から離し、私の目を凝視しました。まるで、何かの契約のように、命令のように、そう、隷属を誓わせるような愛のない冷たい、そして唯一無二の孤独な色をした結婚式のような、ひどい永遠の愛を誓わされた気分でした。
それなのに、絶望的な気持ちのその「血の婚礼」のあとの高揚感はまるで麻薬のようでした。
血の婚礼、発情期のオメガバースとアルファの血の儀式はそう呼ばれています。この血の婚礼を避けるために、オメガバースには情報公開がされているのです。絶対に逢ってはいけないのです、発情期にアルファとは。
上弦の月からすでに1週間が経とうとしていますが、もう今日はここまでが限界です。また明日力があれば続きを書きます。
レイが今日も来るようですから。。。
ああ、同じアルファなのに今はレイより永(ひさし)さんが愛しい、逢いたい。陸のことも欲しくなってしまっている。次の発情では私は何をするかわからない。これが血の婚礼の忌まわしきループなのです。
ではまた。
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