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立ち切れぬ導火線【課題:古痕】

登場人物

畑野 一茂(21〜36)【夏空かぎや】警備員・元漫才師
夏空たまや(21) 漫才師・かぎやの相方
南(21) 畑野の同僚・警備員
チーフ(32)畑野の上司

男A〜D
観客
警備員
漫才師

○音楽ライブ会場(夜)
   白熱している野外ライブ会場。
   盛り上がっている客がステージに近
   付かぬ様、最前列で警備している畑野
   一茂(36)。左目の瞼の上に痣がある。

○テナントビル・警備会社の事務所・中(夜)
   テナントの一室の事務所。
   警備員の出勤を示すホワイトボードが
   壁に掛かっている。ボードの日付に、
   2011年8月3日と記されてある。
   警備員達が寛ぐ中、南(21)もいる。
   帽子を手に畑野が事務所に入って来る。
畑野「お疲れ様です」
   警備員たち、まちまちに返事をする。
   チーフ(32)がボード前に立っている。
チーフ「畑野。明日、夜入れる?」
畑野「夜ですか。いけます。ヘルプですか?」
チーフ「ああ。隅田川の花火大会があるだろ」
   顔が強張る畑野。反応する南。
チーフ「客の整理の方に人手取られて、お笑
 いライブの警備の人手が足らないらしい」
畑野「……」
   南、チーフと畑野に近付いて、
南「畑野さんじゃない方がいいと思います」
畑野「え、ええねん。南」
南「何言ってるんですか!」
   南を引っ張り、チーフに背を向けて、
畑野「それはお前や。仕事に私情を挟めるか」
南「でもよりによって花火大会なんて……」
畑野「今のチーフはここに来て間もない。俺
 の事情なんて、知らんで当然や」
   不貞腐れている南。
畑野「……」
   人々の雑踏が聞こえる。

○花火大会・ライブ会場(夜)
   T・15年前。
   河川敷に『爆笑 お笑いLIVE』
   のプレートを掲げた特設ステー
   ジがある。ステージ前に老若男女
   の見物客達。多くの客がチラシを
   見ている。(以下回想)

○チラシ
   『淀川花火大会1996』の見出し。
   『漫才アワード王者来たる!』の文
   字と共に大きく掲載された漫才師
   の写真。その左下『前座 夏空たま
   や・かぎや』の小さな文字と写真が
   載っている。左がたまや、右が畑野
   (以下かぎや)。

○ライブ会場・特設ステージ・舞台裏(夜)
   緊張したたまや(21)とかぎや(21)。
   落ち着かない様子のたまやを見て肩
   を叩くかぎや。たまやに笑顔で、
かぎや「俺らの花火、打ち上げたろや!」
たまや「……おう!」
   大きく頷き合うたまやとかぎや。

○同・ステージ〜客席(夜)
   ハンドマイクを手に司会者が登壇する。
司会者「王者登場の前に、今後ブレイク間違
いなしフレッシュなコンビをご覧下さい」
   司会者が上手に捌ける。
   下手から東京するたまやとかぎや。
   ステージ中央スタンドマイク前に立つ。
   小さめの拍手が起こる会場内。
たまや・かぎや「はい、どーも!……」
   男A、B、客席後方から来る。
   最前列の客を押し退け、たまやとかぎ
   やの眼下に陣取って座る。
   たまやとかぎや、男達を一瞥するも、
   気付かぬフリをして漫才を続ける。
男A「おもろないねん!」
男B「ひっこめ! お目当てお前らちゃう!」
   高笑いする男達を睨み付けるかぎや。
男A「おい。何ガンつけとんねん?」
   かぎやも男達も気色ばむ。
男B「なんやねんその態度、コラッ!」
   ステージに身を乗り出し、腕をのばし
   てスタンドマイクを倒す男B。
   静まり返る会場内。
   歯を食い縛り、スタンドマイクを起こ
   すかぎや。たまやに、
かぎや「(小声で)続けるぞ」
   漫才を再開するたまやとかぎやに、
男A「気取るな! ムカつくんじゃ!」
   地面に落ちていた石を拾い、かぎやに
   投げつける男A。
   かぎやの左目に直撃する石。
   舞台に倒れ込むかぎや。
たまや「かぎや!」
   たまや、かぎやに駆け寄る。
   ゆっくり上体を起こすかぎや。
   顔面血だらけで左目を瞑っているかぎ
   や。開いている右目の瞳を見て、
たまや「……かぎや?」
   男達の方に顔を向け、ゆっくり立ち上
   がるかぎや。
   かぎやに怖気付いている男達。
   ステージから降り、男Aに近付くかぎ
   や、男Aの顔面を思いっきり殴打する。
   地面に倒れた男Aに馬乗りするかぎや。
たまや「かぎや!」
   ステージから飛び降り、かぎやに駆け
   寄るたまや。慌てて男Bや係員もかぎ
   やを止めに入るが、振り払い男Aを殴
   り続けるかぎや。どよめきや悲鳴など
   が入り混じり、騒然とする会場内。
   数人の野次馬が取り囲んでいる。
   かぎやが男Aを殴る鈍い音が続く。
   目を瞑り、拳を握り締め、
たまや「(叫び声で)うあーっ!」
   かぎやの顔を強打するたまや。
   男Aの体から離れ地面に伏すかぎや。
   体を起こし、倒れている男Aを見て、
   驚き這いながら男Aに近寄り、
かぎや「……おい、大丈夫か。おい!」
   と、男Aの体を揺する。周囲を見回し、
かぎや「だ、誰がコイツをこんな目に!」
   野次馬から漏れる失笑やどよめきに
   表情を曇らせるかぎや、ゆっくりたま
   やに目を向ける。
   悲しげな表情でかぎやを見つめている
   たまや。たまやを見つめながら、
かぎや「……やったの……俺?」
   肩を落とし、俯くかぎや。

   (以上、回想終わり)

○河川敷・花火大会・お笑いライブ会場(夜)
   大勢の見物客で賑わっている。
アナウンスの声「本日は、隅田川花火大会に
 ご来場頂きありがとうございます……」
   特設ステージで漫才が行われている。
   大勢の観客の笑い声が起こっている。
   数名の警備員が客と向き合い、ステー
   ジ前で警備している。
   各々トランシーバを携帯している。
   畑野と並んで立っている。
   笑う客を見つめて、
畑野「……」
   遠くから聞こえてくるバイクの暴走音。
   警備員各々のトランシーバが鳴る。
トランシーバからの声「暴走族がバイクで入
口突破! ステージ方面へ逃走!」
   騒然とする警備員たち。
   見つめ合っている畑野と南。
   見物客達の悲鳴が河川敷の沿道から聞
   こえて来る。
   激しい音を上げ、2、3台のバイクが
   沿道からステージのある河川敷へ滑り
   降りて来る。逃げ惑う観客達。
   バイクから降りる5、6人の男達。
   ステージに近付きながら、
男C「おー、テレビで見るより実物の方が更
 にブサイクじゃん」
   笑う男達を見つめている漫才師達。
   畑野、南、数人の警備員、男達を制止
   しようと集まって来る。
   警備員達の腹部を殴る男達、蹲る警備
   員達。体が強張る畑野。
   男C、漫才師達に向かって、
男C「一発ギャグやれよ、面白いのな」
   舌打ちをする漫才師A。
男C「お? 何舌打ちしちゃってんの?」
   ステージに上がる男達。
   足を踏み出そうとするも躊躇する畑野。
   南、畑野を見て、
南「畑野さん、俺が行くんで大丈夫っす」
   畑野を止めて、ステージに登る南。
   男達と漫才師の間に立つ南を殴り飛ば
   す男C。倒れる南。
   畑野、ステージに登り南に駆け寄る。
   対峙している男達と漫才師A。
男C「なんだよ? やんのか?」
漫才師A「やってやろうじゃねーか!」
   拳を振り上げる漫才師A。
   大きく目を見開いて、
畑野「(声を張り上げて)やめろー!」
   驚いて畑野を見る男Cと漫才師。
   彼らに近付き、
畑野「下らんことで人生棒に振るな!」
   男C、畑野を睨み、
男C「下らんって何。下らんのはお前だろ?」
   男Cを睨む畑野、拳を握るが、はっ
   として拳を解き、手を後ろに隠す。
畑野「ぼ、暴力はよくない、です」
   細目で畑野を見て、
男C「どんな目に遭っても?」
   畑野、左目を男Cに殴られ、倒れる。
   肩で息をしながら立ち上がる畑野。
   息を飲み、畑野を見つめる男C。
   痣から血を流しつつ、男Cを見据え、
畑野「暴力では何も解決しないんだ!」
男C「……」
   畑野の荒い息遣いだけが聞こえる。
   痣から流れる色鮮やかな血。

創作の製作過程を覗きみて、楽しんでいただけたら。