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田んぼ色【課題:雨】

登場人物

三村 実花(34) 農学者

三村 豊(27) 農家 実花の夫

三村 早苗(61) 豊の母

教授(57)
村人A、B
村人達

○北山大学・研究室・ドア前
   扉横の壁に『農学研究室』のプレート。

○同・中
   実験器具や資料文献がある研究室。
   白衣を着た三村実花(34)と教授(57)が
   話している。実花、研究論文の資料を手
   にしている。
教授「実験は散々やったんだ。もうこれ以上いい結果
 は出ないんじゃないか?」
   実花、教授を睨んで、
実花「やらない内から出来ないって言わないで下さい。
 やってみなきゃ分かりません!」
   沈黙の後、納得した様に頷いて、
教授「わかった。やってみよう」
   笑顔で教授を見る実花。
教授「全く、君の信念には頭が下がるな」
実花「恐れ入ります」
教授「結婚しても仕事の勢い衰えず、か」
   顔を引き攣らせて微笑む実花。

○村・全景
   太陽も青空も一切見えない曇天。
   田園風景が広がる集落。
   畦道を『三村農園』と書かれた軽トラ
   ックが走っている。

○軽トラック・車内
   運転している三村豊(27)と助手席に
   座る実花。実花、携帯を手に、
実花「今日は夫の実家で……村にしきたりだとか何か
 で。昭和かよって話なんですけど」
   笑顔で話した後、
実花「はい、すみません。では、失礼します」
   携帯を切る実花。申し訳なさそうに、
三村「教授? ごめんね、仕事忙しいのに」
実花「村の人達楽しみにしてるんでしょ……お義母さ
 んはそうでもなさそうだけど」
 困惑している三村。窓の外に目を遣り、
実花「……」

○三村家・庭
   正門に『三村』の表札がある。
   ガラス戸の縁側がある日本家屋。
   耕運機やトラックの入った車庫や蔵、農耕
   具がある砂地の庭。
   玄関の引き戸が開いている。
   玄関から少し離れた所に、合鴨の飼育小屋
   がある。
   小屋の閂の木が腐りかけである。
   軽トラックが正門から入って来て、小屋の手
   前で停車する。
   嫌そうに鼻を摘まみ、降りる実花。
   そそくさと小屋の前を走り過ぎ、玄関。
   前まで行く実花。
   鼻を摘みながら、小屋を睨んで、
実花「家畜とかホント無理っ!」
   実花の背後から、
早苗「何言っとるだっ!」
   鼻から手を離し、眉間に皺を寄せ、振り返
   る実花。
   玄関の一段高い所に三村早苗(61)が、
   仁王立ちで実花を睨んでいる。
早苗「合鴨様に向かって!」
実花「合鴨……さま……」
早苗「稲に悪い虫が付かない様に、食べて下さるとい
 うのに、悪く言うとは何事ぞっ!」
   隠れる様に車の荷台に回る三村。
   睨み合い対峙している実花と早苗。
   空がゴロゴロと低い音を立てる。
   鴨達が驚いて騒いでいる。
   小屋の入口に鴨がぶつかる。
   閂の木がグラついている。

○同・座敷
   縁側に隣接した広めの座敷、襖は全開、
   ガラス戸越しに庭が見える。
   大勢の村人が酒を酌み交わしたり、余興を
   したりしている賑やかな宴会。
   袴姿の三村と白無垢姿の実花が座敷の
   一番奥に並んで鎮座している。
   2人の頭上に『豊くん&実花さん お披露目会』
   と書かれた横断幕がある。
   豊の傍に座って食事をとっている早苗。
   村人数人が三村と実花に近付く。
村人A「いやーめでてぇなぁ、ご両人!」
   頭を下げる実花と三村。
村人B「待ち草臥れた。会を開くのおせぇぞ」
三村「ごめんね、家内の仕事が忙しくって」
村人A「豊の仕事は手伝わねぇだか?」
   固まる実花、早苗に視線を遣る。
   早苗、実花を見ている。
   目を大きくし、見つめ返す実花。
   実花、居座って、村人達に、
実花「豊さんの理解があって、自分の仕事を続けさ
 せてもらってます。有難いです」
   実花の方を向いて、
三村「自分の仕事を頑張るみっちゃんが好きなん
 だ!」
   村人AとB、感嘆の声を上げる。
村人A「なんだなんだ、惚気てんのか!」
   笑う村人達、実花、三村。
   実花、笑いを止め、早苗を見る。
   実花を見ている早苗。見つめ合う2人。
   座敷の襖の向こうから携帯の着信音。
   ハッとする実花と三村。
三村「この音楽、教授からじゃない?」
実花「そ……そうね」
三村「出なよ! 仕事のことかもよ」
   村人達に、遠慮がちに、
実花「よろしいですか?」
村人B「気にすんな。出な出な!」
   頭を下げて、立ち上がる実花。
   勢い良く立ち上がる早苗。
早苗「いい加減にせえ!」
   静まり返る座敷。着信音だけが響く。
実花「電源切ってなくて、すみません」
早苗「そんなことじゃねぇ!」
実花「え?」
早苗「みんなに集まってもらってるのに、何だねその態
 度。仕事仕事って」
   村人A、早苗を宥めて、
村人A「まぁまぁ、目出度い席なんだから__」
早苗「豊が良ければと、そもそも結婚を許したのが
 間違いだったんだ」
   着信音が止まる。目を見開いて、
実花「人前でそんなこと言わなくたって……」

早苗「今言わないとアンタ付け上がるだろ!」
   ガラス戸から一瞬の稲光が座敷を照らす。
   後追いで聴こえて来る雷鳴。
   実花に気付き、
早苗「家は手伝いません、農家は嫌、家畜は無理?
 アンタの仕事が何ボのモンだい!」
   実花の表情が強張っている。
早苗「今からでも豊と別れて出てってけれ! 所詮、
 アンタが三村の家に染まるなんて無理な話だったんだ!」
   近付いて来る雷の低い音。
   実花、険しい剣幕で、
実花「……やる前から出来ないって言うな」
早苗「……え?」
   実花、早苗を見据えて、
実花「やる前から出来ないって言うな!」
   激しい雷鳴。
   稲妻の閃光が実花の顔を照らす。
   仰け反る早苗と三村。驚く村人一同。
   外からスコールの音が聞こえて来る。

○同・庭・鴨の小屋
   けたたましい鴨の鳴き声。
   腐った閂が雨に撃たれ、割れる。
   小屋の扉が開き、鳴きながら鴨たちが一斉
   に小屋から逃げ出す。

○同・縁側〜庭
   鳴き声に気付き、外を見る村人B。
村人B「あっ! やべぇだ!」
   外を見る一同、驚いてガラス戸に近付く。
   鴨が家の門から出て行くのが見える。
   外を見つめている実花、白無垢を握り、
実花「……」
   縁側から去る実花。慌てふためいて、
三村「み、みっちゃん?!」

○同・庭
   雨の中、白無垢のまま、傘を差さず外に出
   て来る実花。泊めてある荷台の引く部分に
   体を通す。取っ手を手に取り、
   荷台を引き、門から出て行く。
   玄関から三村、早苗、村人達が騒ぎながら
   実花を追い掛ける。

○畦道
   激しく地面を撃ちつける雨。
   鴨が列を成して畦道を走っている。
   その後ろ、荷台を引く実花の後ろ、三村、
   早苗、村人達が続く。

○田んぼ
   田んぼに鳴きながら飛び込む鴨たち。
   荷台を泊める実花。
   息を切らして追い付いた早苗と村人達。
   早苗をじっと見据えて、
実花「染まればいいんでしょ、染まれば!」
   白無垢のまま田んぼに足を進める実花。
   村人達から悲鳴が上がる。
   田んぼの中で泳ぐ鴨を捕まえて荷台に入れて
   行く実花。
   呆然と見ている三村、早苗、村人達。
   × × ×
   最後の鴨を掴み、田んぼから出て来る実花。
   早苗の前に行き、鴨を突き出して、
実花「なってみせます! 農家の嫁に!」
   俯く早苗。
   実花、口を噛み、腕を下ろそうとする。
   早苗が勢い良く実花の手の鴨を掴む。
鴨「ぐあっ!」
実花「?!」
   実花を激しく睨んで、
早苗「なれるもんならなってみろ!」
   顔を歪ませる実花。
   激しい雨の音と鴨の鳴き声が響き渡る。


創作の製作過程を覗きみて、楽しんでいただけたら。