動物と命【課題:背信】

登場人物
黒田 美咲(30) 獣医助手
松本 望(34) 外科医
松本 歩(30) 獣医 美咲の恋人 望の弟
秋山 広一(31) 望のマネージャー
黒田 早苗(63) 美咲の母

医師、店の客

○病院・会議室・中
   黒田美咲(30)が俯き椅子に座っている。
   テーブルを挟んで反対側に秋山広一(31)
   と医師が並んで座っている。
秋山「一刻も猶予がないのはお分かりですね」
美咲「(語気弱く)分かってます」
医師「その……松本先生が、有名でおられる
 から躊躇なさってるんですか?」
美咲「そんなんじゃありません」
医師「(諭す様に)松本先生は派手な印象が
 あるかもしれません。しかし腕は確かであ
 ると私が保証します。先生の手に掛かれば
 お母様もきっと快方に向かいます」
秋山「私も保証します。松本も、美咲さんの
 為にも尽力すると申しておりますし……」
   テーブルを激しく叩き、
美咲「(叫ぶように)馴れ馴れしく下の名を
 呼ばないで!」
   驚き、呆然とする医師。黙る秋山。
   美咲、秋山をきつく睨みつける。

○はらへり亭・中(夜)
   白頭巾を頭に巻いたエプロン姿の美咲
   が配膳している。
美咲「はい!ラーメンお待たせしました!」
望の声「はあ?アルバイトだ?」

○車中
   車を運転している秋山。
   助手席に座っている松本望(34)、脚を上
   げている。『黒田早苗』と書かれたカ
   ルテを見ている。秋山に、
望「ラーメン屋で?」
秋山「……そうです」
望「実の母親がこんなんなってんのに、打ち
 明けられない男ってどーよ、エリオット?」
   運転席と助手席の間から顔を出す犬。
犬「ワンっ!」
望「我が弟ながら情けないでちゅね〜」
   犬の顔を揉みくちゃにする望。
望「で、美咲、どうだった?」
秋山「はっきりと返事は……」
望「まだ悩んでんのか?早くしねぇともう死
ぬぞ、このババア」
   ダッシュボードにカルテを投げる望。

○道
   美咲と松本歩(30)が歩いている。
歩「なかなか美味いイタ飯だったな」
美咲「うん、前行った店の味より、好き」
歩「これから夜、どこ行こっか?」
美咲「イルミネーション綺麗な所行きたいな」
歩「あっ!」
   急に走り出す歩、追い掛ける美咲。
   道の真ん中に小鳥が倒れている。
   小鳥を掬い上げて、
歩「羽が折れてるかも。今すぐ連れて帰ろう」

○松本どうぶつ病院・外観
   『休診日』の札が扉に掛かっている。

○同・診察室・中
   様々な動物たちがケージに入れられ、
   鳴き声慄いている。
   白衣姿の美咲と歩が診察台の上にいる
   小鳥を処置している。
歩「よし!もう大丈夫だ」
美咲「(安堵して)よかったー」
   突然、診察室の外から犬の鳴き声が聞
   こえて来る。
美咲「あれ?休みの札掛け忘れたかな?今日
 やってないって言って来るね」
   診察室から出て行く美咲。

○同・待合室・中
   診察室のドアから出て来る美咲。
美咲「すみまえん、本日休診日で……」
   顔を曇らせ、黙る美咲。
   立っている望。足元には犬がいる。
望「よっ」
   望に近寄り、診察室を振り返りつつ。
美咲「何もここに来なくたっていいでしょ」
   手に持っていたメモを美咲に渡し、
望「このホテルでディナーして、泊まろう」
美咲「お断りしましたよね」
望「良い返事くれないねぇ。まぁ、デートは
 それでいいとしてさ、お袋さんの方はどう
 する気なの?」
美咲「なんとかします」
望「じゃあ今度出前取ってあげるよ、はらへ
 り亭。僕に愛込めて作ってよ、ラーメン」
美咲「(驚いて)どうしてそれを……」
望「まあなー、こんなしがない病院の安月給
 じゃ、手術代賄えんわなぁ」
   望を睨みつける美咲。
望「俺の女になれば手術代なしでもいいよ?」
美咲「死んでも嫌」
望「あらら。じゃあお袋さん死んじゃうよ?」
美咲「歩さんに聞こえるから止めて下さい」
望「恋人の親の病状も把握してねーなんて。
 何が良くてアイツといる訳?」
美咲「どんなにこの病院が大変でも、歩はあ
 なたと違って放り出したりしない。兄弟で
 も雲泥の差ね!」
   笑う望。その直後、美咲の顎の下、首
   を掴む。美咲に顔を近付け、
望「後でどんだけ頭下げても手術しねーぞ」
   美咲、望を睨む。
歩の声「もし良かったら診ましょうか?」
   パッと首から手を離す望、美咲の白衣
   の胸ポケットに先のメモを突っ込む。
美咲「ちょ、ちょっと……」
   美咲からスッと離れる望。
   診察室から出て来る歩、表情が曇る。
歩「……何しに来たんだよ」
望「繁盛してなさそうだからな、金蔓持って
 来てやったぞ。予防接種してくれや」
   犬を撫でる望。
歩「ああ、一緒にTVに出てるバカ犬か。生憎
 バカに塗る薬は置いてないんでね」
望「ふん。人間の命救えない分、犬猫の面倒
 位きちんと診たらどうなんだ」
歩「人間も動物だ!命の重さは変わりない!」
   美咲を見て、微笑み、
望「だって。一生やってろ。バカはお前らだ」
   犬と共に扉から出て行く望。
   診察室に戻る歩、激しくドアを閉める。
美咲「……」

○同・診察室・中
   ドアから入って来る美咲。
   テレビを見たまま、美咲に、
歩「兄貴は家を出てから、親父の葬式さえも一回も家に帰って来なかった」
   歩を見つめる美咲。
歩「親父が病院やってた時、今と変わらず、
 火の車だった」
   笑う歩。見つめる美咲。
歩「兄貴、親父が死んだ後、電話で病院を畳
 めって催促してさ。世渡り下手な親父のこ
 と、昔っから嫌いだったんだろう」
   真剣な顔になる歩。
歩「兄貴が親父を嫌いなように、俺も兄貴が
 嫌いだな」
美咲「……」
TVの声「本日は、神の手を持つ天才外科医
 松本望さんとその愛犬エリオットくんにお
 越し頂きました。どうぞ〜」
   TV画面に映る望と犬。
   TV画面を睨む歩、すぐにリモコンを
   手にし、電源を切る。
   苛立つ様子の歩を見ながら、胸ポケッ
   トに手を置く美咲。

○はらへり亭・勝手口(夜)
   頭巾を取ったエプロン姿の美咲が、給
   与明細を見てため息をついている。
   秋山が来る。美咲に頭を下げる。
美咲「あなたね、告げ口したの」
秋山「周辺を調べろと命令が下りまして」
美咲「ゆする気?」
秋山「その、こう言っては何ですが、お母様
 が助かるのならば、松本と関係を持つのも
 手では?金銭的にも工面すると申して……」
美咲「それは、あなたの個人的意見?」
秋山「……恐れながら」
美咲「上司が上司なら部下も部下ね、最低」
   秋山を押し退けて店に戻る美咲。
秋山「……」
   勝手口から店内に数歩進んだ所で、立
   ち止まる美咲。エプロンのポケットか
   ら望のメモを取り出し破ろうとするが
   手が動かない。
美咲「……」

○病院
   病室の中。黒田早苗(63)が名前の書かれ
   たベッドに寝、天井を見つめている。
   帰り支度をしている美咲。
早苗「……美咲」
美咲「うん?」
早苗「母さん、もう長くないんだろう?」
   手を止める美咲。すぐさま笑顔で、
美咲「訳の分かんないこと言わないでちゃん
 と休んで。じゃあまた明日ね。バイバイ!」
   手を振りながら病室を出て行く美咲。
早苗「……」
   × × ×
   病院の廊下。泣きじゃくりながら美咲
   が歩いている。立ち止まり、鞄から望
   のメモを取り出し、見つめる美咲。
   ぎゅっとメモを握りしめる。

○ホテル・エレベーター前
   ロビーに巨大なイルミネーションツリ
   ーが飾られてある。仲良く見上げてい
   るカップルを横目に望と並ぶ美咲。
   美咲の携帯が鳴る。鞄から取り出して
   見ると、歩からの着信。
   息を吸い、電源を切る美咲。
   エレベーターの到着音。美咲の肩を抱
   く望。乗り込む二人。
   ゆっくりと閉まるエレベーターの扉。

※先生の講評
……『背信』は、裏切ってはならない相手を裏切ってしまう葛藤を描くドラマです。
背信を描く為には、まず主人公と背信する相手との間に信頼関係があることが前提です。


創作の製作過程を覗きみて、楽しんでいただけたら。