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雪の音【課題:雪】

河竹 楓大夫(17)  文楽技芸員・研修生
本宮 雪音(17)  楓大夫の彼女・本宮の娘
本宮 満男(55)  文楽館・館長・雪音の父
河竹 江大夫(62) 文楽技芸員・楓大夫の師匠

主婦A・B

※この記事は投げ銭制です。よしなに。※

○文楽館・客席〜舞台上
   大勢の人で埋め尽くされた客席。舞台
   上では文楽が上演されている。客席に
   本宮雪音(17)がいる。
   舞台の上手側に義太夫や三味線奏者達
   が居並んでいる。その中に、片手に太
   鼓、反対の手に撥を持っている河竹楓
   大夫(17)と義太夫節を唄う河竹江太
   夫(62)。客席を一瞥する楓大夫、雪音
   がいることを確認し、頬を緩める。
   客の中にイヤホンを装着している者が
   数名いる。イヤホンから、
解説者の声「……次のシーンの冒頭、雪が降
 って参ります。その際、聴こえて来る太鼓
 の音は、雪を表現しております……」
   舞台の上から紙吹雪が落ちて来る。
   雪音を見ている楓大夫。隣に座ってい
   る三味線奏者、楓大夫を睨み、
三味線奏者「(小声で)おいっ、太鼓!」
   ハッと我に返る楓大夫。気を取り直し
   静かに太鼓を叩き始める。
   太鼓の音を聞いて嬉しそうな雪音。
   唄いながら楓大夫を見る江大夫。

○同・楽屋
   江大夫の前に頭を垂れて立つ楓大夫。
江大夫「出だしをトチる奴があるか!」
楓大夫「……申し訳ありません」
江大夫「……まさかとは思うが、館長のお嬢
 さんと仲良くなってなかろうな?」
   身体を強張らせる楓大夫。
楓大夫「な、ないです、そんなこと」
   目を細める江大夫。
江大夫「浮ついていては、芸など身に付かん
 ぞ。もっと気を引き締めろ」
   拳で楓大夫の頭を叩き、去って行く江
   大夫。頭を摩り、江大夫の姿が見えな
   くなったのを確かめてから、嬉しそう
   に急いで楽屋に入る楓大夫。

○同・関係者出入口(夜)
   道にコートと手袋を身に纏った雪音が
   立っている。
   出入口からスポーツバックを持った楓
   大夫が出て来て、雪音に手を振る。
   雪音、楓大夫に気付き、手を振りなが
   ら嬉しそうに近寄る。

○車道沿いの道(夜)
   自転車で2人乗りしている楓大夫と
   雪音。楓大夫が漕ぎ、雪音が後ろに横
   座りで乗り、楓大夫の腰を持っている。
   楓大夫の吐息が白い。スポーツバック
   のファスナーが開いており、中に太鼓
   が入っているのが見える。
   ファスナーに気付いて、
雪音「バック、開いてるよ」
楓大夫「えっ?!やべぇ」
雪音「師匠の家でも練習するの?」
楓大夫「うん。お稽古付けてもらってるから」
   空を仰ぐ雪音。徐に、
雪音「私ね、パパのことは苦手だけど、付け
 て貰った名前は気に入ってるの」
楓大夫「いい名前だもんね」
雪音「でも、子供の頃は変な名前と思ってた」
楓大夫「……どうして?」
雪音「降って来た時、雨は音がするけど、雪
 はしないでしょ?」
   納得したように、
楓大夫「……あーぁ。言われてみれば」
   楓大夫の背中に頭を付け、目を瞑り、
雪音「楓くんが雪の音担当になるなんて…… 
 嬉しいな」
   自転車を漕ぎながら、恥ずかしそうに
   下を向く楓大夫、微笑んでいる。
   横断歩道が近付いて来る。信号は赤。
   トラックが歩道に近付く。
   楓大夫、信号を確認せず俯いたまま自
   転車を漕ぎ、横断歩道を進む。
   トラックのクラクションが鳴り響く。
   トラックの方に振り向く楓大夫と、目
   を開く雪音に接近するトラック。
   トラックの急ブレーキ音。
   アスファルトの上に自転車とスポーツ
   バックと太鼓が横たわる。

○病院・2F・雪音の病室
   頭にネットを被り、目に包帯がまかれ
   た雪音がベッドで眠っている。

○文楽館・館長室・中
   文楽の写真や人形、技芸員の表彰状や
   盾などが飾られてある応接室。
   『館長』と書かれたプレートが置かれ   た重厚な机に腕を組んで座っている本   宮満男(55)、イライラしている。   ドアをノックする音。江大夫と楓大夫   が黒袴姿で入って来る。楓大夫の額に   はガーゼ、右腕にはギブスが填められ   ている。
   土下座する江大夫、それに続く楓大夫。
   椅子から立ち上がり、楓大夫を睨み、
本宮「貴様、まだ娘に纏わりついておったか」
   息を吐き、怒りを抑える調子で、
本宮「失明の可能性があるそうだ」
   驚き、顔を上げる江大夫と楓大夫。
本宮「数日経過を見たが、頭を打った衝撃が
 視神経を日に日に蝕んでおるそうだ」
   楓大夫の元へ突き進む本宮、楓大夫の
   顔面を勢い良く拳で殴る。
   倒れる楓大夫に近寄り、胸倉を掴み、
本宮「今後一切、娘には近付くな。また近付
 くことがあれば、その時は河竹から破門だ」
   目を見開く楓大夫を突き放す本宮。
本宮「河竹を出て、身寄りなどないだろ」
   神妙な面持ちで、
江大夫「事故の翌日より、私の家で謹慎させ
 ております。明日以降も引き続き……」
   頭を擡げ、俯いたまま、
楓大夫「……」

○江大夫の家・門の前(朝)
   T・数日後。
   空が低く、重たい雲に覆われている。
   閑静な住宅街。
   門から玄関まで石畳の続く立派な構え
   の日本家屋。
   門前で、右腕にギブスを填めた楓大夫
   が左手に箒を持ち、履き掃除している。
   近くで主婦2人が立ち話をしている。
主婦A「一段と冷えるねぇ」
主婦B「雪が降るかもしれないってよ」
   会話に反応した後、空を仰ぐ楓大夫。
   玄関から出て門前の楓大夫を見下ろし、
江大夫「楓。お入りなさい」

○同・稽古部屋・中(朝)
   天井、床、壁全てが木で出来た部屋。
   正座して対峙している江大夫と楓大夫。
江大夫「明日から、謹慎が解ける」
   ギブスを撫で、訝しげに江大夫を見て、
楓大夫「完治もしてないし……何故急に?」
   息を深く吸い、楓大夫を見据えて、
江大夫「雪音さんは明日、日本を離れる」
楓大夫「……えっ」
江大夫「海外で目の手術を受けるそうだ」
   呆然として、俯く楓大夫。左手の拳を
   腿の上で硬く握り締める。
   突如、立ち上がり部屋を飛び出す楓大
   夫。慌てた様子で、
江大夫「お、おい!どこへ行く!」

○道(朝)
   スポーツバックを携えた楓大夫が息せ
   き切って全力疾走で道を駆け抜けてい
   る。吐く息が白い。

○病院・入口(朝)
   警備員に連れられ中から出て来る本宮。
   入口で息を切らし立っている楓大夫。
   眉間に皺を寄せ、呆れた様子で、
本宮「いいご身分だな、俺を呼び出すとは」
   真剣な眼差しで、
楓大夫「雪音さんに逢わせて下さい!」
   楓大夫の気迫に少し仰け反る本宮。
本宮「師匠から聞いたのか?」
   頷く楓大夫。息を吸って、
本宮「良かろう。ただし、雪音は日本を発つ
 ことを知らん。雪音にそのことを告げるな」
   驚いて本宮を見つめる楓大夫。
本宮「お前の様な戯け、また娘に近付くこと
 があるかと思うと気が気でないのだ」
   唇を噛み締める楓大夫。俯いたまま、
楓大夫「……わかりました」

○同・2F・雪音の病室
   薄暗い空が窓の外に見える。
   ベッドに横たわっている雪音。
   太鼓の音色が聞こえて来る。
   ハッとして窓の方に顔を向ける雪音、
   起き上がり、手探りしながら窓を開ける。
   雪がチラホラと降って来ている。
   窓の下で顔を歪めながらギブスをした
   手で太鼓を叩いている楓大夫。
   腕を外に差し出す雪音。掌に雪が落ち
   てくる。笑顔になり、下に向かって、
雪音「雪が降るの、待っててくれてたの?」
   太鼓を叩くのを止める楓大夫。
楓大夫「目が見えないと、雪が降っても分か
 らないだろうと思って」
   微笑む雪音。涙ぐむ楓大夫。
雪音「よかった。楓くんがいてくれて」
楓大夫「……」
雪音「私の目が良くなるまで、雪が降ったら
 太鼓鳴らして知らせてくれる?」
   雪音を見ながら泣いている楓大夫。
楓大夫「もちろんだよ。任せてよ」
   再び太鼓を鳴らし始める楓大夫。嬉し
   いそうに太鼓の音に聞き入る雪音。
   雪音の振り具合が強くなる。一層力を込
   めた楓大夫の太鼓の音が響き渡る。

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