性格の悪い人

性格が悪いので、自分が嫌いな人が褒められたり庇われたりするのがあまり好きでない。というか私が嫌いな人はみんなからも嫌われて欲しいと思っている。私の性格が悪いから、というか人間、みんな、口に出さないだけで嫌いな人が虐げられても心が痛まない人はわりといると思っている。こういうところが性格悪いというかいつまでも上辺だけの明るさを引きずっている原因だと思う。

同じ課の、担当は違う男が苦手だ。まず歩く時の足音が大きい。尖った靴を叩きつけるみたいに歩く。数メートル先からでも彼が近づくのがよく分かる。
仕事がよく出来る。出来るから、すこし独善的な物言いをする。気分にムラがあって、話しかけても絶対に目を合わせない。
私は仕事が出来ないので、そういう奴にはもっぱら厳しい。でも、機嫌がいい時はひどく上機嫌で話しかけてきたりするからそういう所がまた苦手だ。厳しいなら厳しいで一貫して欲しい。嫌われるのはまあいい。仕事が出来ないのは私の努力が足りないからなので。
だけども、仕事なのだからある程度のコミュニケーションは必要であるし、話し合いを持たねばならない時もある。
彼のそういう態度は人を萎縮させて、ご機嫌取りに時間を割かせる。まあ、仕事が出来ない奴に人権はないと言われればそれまでだけど。
彼がいないと課の雰囲気がいいのだと、彼の隣に座る後輩は苦笑いした。

そんな彼がここ数週間ひどく不調で、4月に異動してきた上司の問いかけも無視、話しかけても無愛想で受話器を渡してくるときもこちらを見ない、と散々だった。私の隣に座る後輩も、怖すぎる、と愚痴っており、私も心で憤慨した。(本人には言えないところがまた私の人となりの矮小さを際立たせている)
金曜日を迎えて、やっとほっとする。彼の地雷がどこにあるかが全く分からないから、例えグループが違っても踏むかもしれない。

「今週ちょっと無理だったわ、あの人。あの態度なくない?向こうから聞いてくるくせに上から目線だし」

たまたま一緒にバスに乗った後輩に、思わず愚痴る。彼女は彼の同じグループで、彼の向かい側に座っている。

「そうですか? 蟹江さん、いつもあんなんじゃないです?」
「え、今週特にやばかったと思うよ。係長のことガン無視してたし」
「ははは」
「絶対良くなかったよ。機嫌。迷惑だよ」
「まあ、そうですかねえ」

思ったほどの同意が得られなくて私は無駄にしどろもどろになる。バスが揺れ、吊革を持つ手にぐっと力が入った。手のひらが汗でヌルヌルと滑る。そんな様子知ってか知らずか、後輩がバランスをとりながら口を開く。

「蟹江さん的には、うちのグループの負担がでかいって思ってると思いますよ」
「えー、そうなの?」
「うちのグループの仕事と、エツコ先輩のグループの仕事って、蟹江さん的にははっきり分かれてるんだと思います。だから、確かにこっちのグループがメインの書類の処理はあるけど、必要な情報はエツコ先輩のグループが整理するべきで、うちのグループが助け舟出す必要ないっていうか」
「大井ちゃんはそう思うの?」
「私はそこまでは思わないですよ。でも、まあ、そっちのグループ用の処理が無ければ楽な部分もあるかなって思わないでもないです」

ひどく居心地が悪くなって、そうかあ、とか、性懲りもなく、でも社会人になってあんな態度は子供っぽすぎるとか、悪あがきのように彼のことを貶めてしまった。後輩はふふふ、エツコ先輩はなかなか溜まってますね、人のことよく見てますもんね、と言う。それでまた、私の愚かさが際立ち、後輩の俯瞰的な嫌味(では無いのにそう捉えてしまう)に打ちのめされる。

アパートに逃げ帰り、夫に事の一部始終を語るが、夫は彼のことも後輩のことも知らないので細かいニュアンスが伝わらず、地団駄を踏む。
どうしても伝わらず歯ぎしりする私を見て、夫も歯ぎしりをして、2人で笑って話が終わった。

そうまでして、どうして私は人のことを悪く言いたいのか、貶めたいのかは分からない。嫌いな人は山ほどいて、そういう人が褒めそやされているのは本当に辛い。身勝手な心労に身勝手に悩まされている。
でも、少しでも私の気持ちに寄り添って欲しいともおもってしまう。私だけじゃないでしょうあの人が嫌いなのは。あなただってあの人から不快さを受け取ってるでしょう。私が正解だと信じたい。
極上の被害妄想が育つと自己正当化に育つのだなと、改めて思う。

嫌いな人のことは実際に傷つけたいとかは思わないけれども、どこかで傷つけばいいと思うことはある。そうして自分の内面の残虐性を思う。

この性格のせいでいつか歯がなくなってしまうのではないかたまに心配している。
そんなことになったら、本当に見た目からして性格の悪そうなやつになってしまう。
まあ、性格悪いからさして問題ではないか。