コミケの時代の終わり―BLも、ニッチな本も消えていく―
著:箱部ルリ
(本記事は、早稲田大学負けヒロイン研究会の会誌「Blue Lose vol.3」に収録されている「コミケ、その時代の終わり――美少女同人ジャンルの通時的観察――」を改稿したものです。)
12月20日17時50分追記:
不適切な表現や誤解を招く可能性のある部分については、随時修正を加えております。
特に、特定のクリエイターに対しての表現が非常に不適切であったと認識し、該当する記述を全て取り除いております。詳しくは一番下の更新履歴を参照ください。
また、記事の内容に関するいただいたご指摘に対しては、後日、詳細な報告と謝罪を含む記事を公開する予定です。
いくつかの失礼な表現があったことを深くお詫びします。
12月23日0時25分追記:
お詫びと訂正をアップロードいたしました。
女性の「コミケ離れ」
腐女子は赤ブーに行く
先日、株式会社栄光のツイートが話題を呼んだ。
印刷所が発注を控えるよう頼むという異例の事態に対して、中途半端に同人誌に詳しいと「ははーん、年末ってことはコミケだな?」と勘違いしそうだが、実際にはそうではない。いわゆる「赤ブー」の盛況が原因だ。
改めて解説すると「赤ブー」とは、主に女性向け[1]同人イベントを主催する「赤ブーブー通信社」と、そのイベントを指す用語である。
年末の12月17日には約13000サークルが出展する「Dosen Rose FES.2023」が開催される。日本最大の同人イベントであるコミケ(コミックマーケット)が約26000スペースであることを踏まえると、かなり大規模なイベントであることをご理解いただけるだろう。
というかすでに指摘されているように、コミケが縮退しているという捉え方のほうが正しいかもしれない。
正直なところ、波羅氏のツイートがだいたいの事情を解説しているが、詳しくない方のために補足しよう。
まず、赤ブーはコミケと違って「大量のオンリーイベント(特定のジャンル・カップリング限定のイベント)の集合」によって形成されている。男性のオタクが雑食がちなのに対し、女性向けの同人文化は棲み分けをよしとしているので、赤ブーの形式のほうがより受け入れられやすい。
また、3か月以上前に申し込まなければならないうえにコミケと違って、赤ブー系のイベントは年に何度も開催されているうえに申し込み期限が遅い。12月17日開催のDosen Rose Fes. 2023であれば10月27日が締め切りである。夏コミで申込書を買ってすぐに冬コミの準備……というのとはわけが違うのだ。
なおかつ、男性向けの過激なポルノが少なく、盆と年末の休みを家族の付き合いに充てられる……となると、女性にとって赤ブーの方が圧倒的に出展しやすいのは明らかだろう。男性オタク文化ばかり摂取してきた私から見ても、正直うらやましい。
「コミケでしか売れない同人誌」がなくなる
そういうわけでコミケから女性向け同人誌は激減した。
たとえば、コミケにあんスタやツイステの同人誌はほぼ存在しない。コミケ103に出展するサークルのうち、女性向けソーシャルゲームのサークルは約0.5%しか占めていない。
あるいは、古いオタクであれば、かつてのコミケで黒子のバスケ脅迫事件が起こったことはご存じだろう。事実、2014年冬に開催されたC87では少年漫画の二次創作が大きなウェイトを占めていた。
先のツイートの画像からわかる通り、現在ではソシャゲだけでなく漫画が原作の二次創作もほぼ存在しない。現在ジャンルコードが独立しているのが『呪術廻戦』でも『ブルーロック』でもなく1994年連載開始の『名探偵コナン』のみなことから惨状を察してほしい。
これはコミケの歴史から考えると異常なことだ。1975年に開催された第1回コミケの入場者は90%余が少女マンガファンの女子中・高生であり、以後基本的にコミケは女性比率の高いイベントだった。2011年に35周年を記念して行われた調査でもサークル参加者の6割以上は女性だ。
そして女性がコミケからオンリーイベントに移動したことは、同人文化にとって好ましい事態ではないように思われる。
コミケの醍醐味は目当ての二次創作を買う瞬間ではなく、自分の知らない分野の島を散策している時にある気がする。たとえば女性オタクがコミケからいなくなったとすれば、女性の視点から書かれたグルメ本も旅行本も体験レポも売られなくなるのが当然ではなかろうか?
二次創作はジャンルごとにオンリーイベントも開催されている一方で、この類の本はコミケ以外の頒布する場所がないのが特徴だ。その証拠に、鉄道・旅行・メカミリがコミケに占める割合は継続的に上昇している。同様のことは評論・情報についても言える。
同人文化の男女棲み分けが進むことは、二次創作を目当てにコミケに来た人が「ふらっと」買うニッチな同人誌を失わせることになるだろう。
「ニッチな美少女二次創作」も消えつつある
こうしてコミケには男性向けジャンルだけが残った。
今回のC103でも、新たにジャンル分けされたブルーアーカイブの勢いが注目されている。コミケが男性にとって「赤ブー」と同じ機能を果たし、男性向けジャンルが集積する場所としては機能しているのだろう。
ただし、楽観するのはまだ早い。
私たちの調査によれば、C84(2013年夏)から前々回のC101(2022年冬)にかけてコミケにおける美少女系二次創作の多様性は失われつつある。
ここからは、今年の春に筆者たち負けヒロイン研の有志が実施した調査の結果を紹介していこう。
コミケカタログ調査①各ジャンルのサークル数
調査対象にするジャンルは、ジャンルコードが独立している
「アイドルマスター」・「アズールレーン」・「ウマ娘」・「ガールズ&パンツァー」・「艦これ」・「TYPE-MOON」・「東方Project」・「VTuber」・「ラブライブ!」
の計9ジャンルだ。
改めて説明しておくとジャンルコードとは、コミケのサークルが申し込み時に選択する分類のことを指す。有名でないコンテンツは「ゲーム(その他)」や「ゲーム(ネット・ソーシャル)」のように一括りにされるが、サークル数が増えると「東方Project」「TYPE-MOON」のように独立した分類になる。
どうやって調べるかというと、過去のコミケカタログは運営がWeb上にアーカイブしているので、それを参照することにした。人手に限界があるので、C84(2013年夏)から3回おきに、3の倍数の開催回のみ調査している。
また、アイマスとラブライブのジャンルコードが独立したC91(2016年冬)、調査当時で最も直近に開催されたC101(2022年冬)も調査対象に加えた。つまり全て書き出せばC84(2013夏)・C87(2014冬)・C90(2016夏)、C91(2016冬)・C93(2017冬)・C96(2019夏)・C99(2021冬)・C101(2022冬)となる。
そこで、各メガジャンルのサークルカットを8回分全て目視で確認した。
全て。
会長以下数名で、早稲田の学生会館で3日間にわたってひたすら調査した。学生会館の陽キャ率が高く、風貌の冴えないオタクが集まってコミケカタログを眺めるには非常に肩身が狭かった。会長は事あるごとに「早稲田は不快」と評しているが、むべなるかなという感じだ。
美少女二次創作の多様性の話をする前に、まずは各メガジャンルの規模について確認してみよう。
C99以降はコロナ禍に伴って開催規模が縮小されたので、サークル数ではなく割合を基準に各ジャンルの規模を確認しよう。
サークル数の多寡に着目すれば、2013年から2022年は以下の4つの区分に分けられる。つまり、
第一期:東方全盛期(2013)
第二期:東方・艦これの並立(2014-2016)
第三期:FGO登場、アイマス中興(2017-2019)
第四期:ウマ娘・VTuber登場(2020-)
の4期である。
C84(2013夏)では2526サークルが東方の同人誌を頒布し、コミケ全体の7%超を占めている、東方以外にジャンルコードが独立している美少女コンテンツはTYPE-MOON以外だけであり、東方一強といっても過言ではない。
その後、新規ジャンルが参入しながらも古参ジャンルは一定の人気を保ち続け、C101(2022冬)では複数のジャンルが乱立している。
ところで、単純に占有率だけ見れば2014~16年の東方・艦これとC101のVTuberに大きな差がないと思うかもしれないが、ここには落とし穴が存在する。
まず第一に、前者は女性向けジャンルが同時に存在した時期の数値である。現在の数値は男性向けジャンルばかりになったコミケにおける割合であることに留意しなければならない。
さらに、同じジャンル内の細分化も進んでいる。たとえばVTuberジャンル内にはにじさんじ、ホロライブ、その他事務所や個人勢のVTuberが含まれているし、ラブライブやアイドルマスターは別シリーズが続々と登場している。
男性オタク文化の細分化が進んでいるのは間違いないだろう。女性向けソシャゲが乱立する女性オタク文化において同じことが起こっているものと推察される。
コミケカタログ調査②合同誌・クロスオーバー誌
各ジャンルの規模感は把握できたと思うので、ここからは量ではなく質、同人誌の多様性についての調査結果を詳述しよう。
老害じみた思い出話で恐縮なのだが、ここ最近の同人誌には狂いが足りないような気がする。よくも悪くも、小綺麗にまとまった同人誌ばかり頒布されている気がしてならない。
たとえば、一昔前に発表された『最後にして最初の矢澤』はよい例だろう。
2015年発行のラブライブ!×SF合同誌に掲載されている短編小説だ。
これを改作した『最後にして最初のアイドル』はあまりの奇天烈さゆえに第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞している。ついでに星雲賞(日本でもっとも権威あるSFの賞の一つ)も受賞している。怒られない範囲で表紙が矢澤にこに似せられている。
ラブライブ!SF合同に限らず、昔の同人誌は(いい意味で)異常な作品が多い。筆者が読んだものだと
『東方ブロッコリー合同』(ノベルティのメモがいまだ使いきれずに残っている)とか、
『東方社会主義合同』(鵜飼かいゆ氏の短編「シカクい頭をマルクスる」が面白かった記憶がある。pixivのページは削除済み)など。
ランダムな単語と東方を組み合わせれば無限に合同誌が生成できる気すらしてくる。
同人誌の多様性を調査するにあたって、すべてのサークルの出版物を記録するのはほとんど不可能であるため、象徴的な出版物がないか検討した。
ここでは、複数の同人作家が協力して作り上げる「合同誌」と、他のコンテンツと自ジャンルを(わざわざ)掛け合わせようとする「クロスオーバー誌」[2]をジャンルの多様性を示す指標として選択し、その数を全て計測した。
オタク数人を計3日動員して調査した結果を見ていこう。以下の表には、各ジャンルの同人誌に占める合同誌・クロスオーバー誌の割合を示した。
たとえば、C87(2014年冬)では1848サークルが艦これで出展しているが、そのうち18サークルが合同誌を頒布している(と、カタログに書かれている)ので、全体の18/1848=0.98%が合同誌を頒布していると推察できる。
当初、わたしの予想では合同誌率・クロスオーバー誌率(以下2つまとめて「ニッチ率」と書く)ともにサークル数に比例して上昇すると考えていた。なぜなら多くの人口を抱えるジャンルのほうが、ニッチな同人誌の描き手・買い手ともに多いと推測できるからだ。
実際、アイマスやガルパンを見るとわかるように、ジャンルが流行する前の合同誌率・クロスオーバー率は低い傾向にある。
しかし、東方や艦これでは、ブームが去ったあともニッチ率が継続して高い傾向にある。つまり、ジャンルの人気と同人誌の多様性は必ずしも比例しないのだ。
むしろニッチ率と強い関係にあるのは、ジャンルが流行し始めた時期だ。2010年代前半に人気を博した「東方」「艦これ」「アイマス」「ラブライブ」「ガルパン」は継続してニッチ率が高く、2010年代後半から流行した「TYPE-MOON」[3]「VTuber」「ウマ娘」「アズールレーン」はニッチ率が低い。
2010年代後半に様々な新ジャンルが登場する一方で全体の合同誌率は大きく変わらなかったが、これは新参ジャンルでも合同誌が発行されているからではない。むしろ、“薄い”新参ジャンルと“煮詰った”古参ジャンルが混ざることで同じ割合が達成されているのだ。
また、クロスオーバー率は2019夏・2021冬で顕著に高く、2022冬で顕著に低いが、これは東方・艦これ・アイマスのクロスオーバー率が低下したことによるものである。
コミケカタログ調査③性癖合同誌
ここまでは合同誌・クロスオーバーを「ニッチな同人誌」の代表と定め、その数を数えてきた。ここからはその中身、具体的には合同誌のテーマを見ていこう。
一般に合同誌は、上の画像の「時雨合同」や「三白眼艦娘合同」のように特定のキャラクターやカップリングを中心に据えたものが多い。
なかにはそうではない合同誌も存在する。
「傷痍艦娘合同」や「艦娘ウェディングドレス合同」のように、特定のシチュエーションを中心に据えた合同誌もあり、よりニッチだと言えるのはコンテンツと“性癖”を組み合わせた後者だろう。以降後者を「性癖合同誌」と呼称し分析していく。
もちろんセクシャルな意味での性癖をテーマにした合同誌も多数存在する。『ミリマス野外露出合同2』(C101)とかはまだマシな方で、
『睦月型母乳アイス合同』(C99)や
『ふたなり魔理沙去勢合同』(C91)のような玄人向けの合同誌も存在する。ちなみにふたなり魔理沙去勢合同2も存在する。
ともかく、性癖合同誌の数を比較するにあたってはエロ同人の存在に注意が必要だ。
というのも、新参ジャンルのなかでもTYPE-MOONとVTuberには男性キャラクターが多数含まれている。加えて、ウマ娘の成人向け二次創作を行うことはできない。
ゆえに比較したい場合には成人向けでない性癖合同誌のみを取り出したほうが適切である。
そのほかにも多種多様な(婉曲表現)同人誌が存在するのだが、そもそも調査班はカタログでしかその存在を認知していないので内容を詳述することはできない。調査データを見て気になった合同誌はぜひ調べてほしい。
ここでは、成人向けでない性癖合同誌がジャンルに占める割合を示すにとどめよう。
合同誌・クロスオーバー誌同様、ジャンル全体に占める性癖合同誌を頒布しているサークルの割合を、ジャンルごとに上に示した。
TYPE-MOON・VTuber・ウマ娘・アズールレーンの非エロ性癖合同誌はほぼ存在せず、合同誌全体で確認された“薄い”新参ジャンルと“煮詰った”古参ジャンルという構図をより明確に確認することが出来る。
また、古参ジャンルの方が性癖がマニアックだ。
C96・99・101の性癖合同誌を例に挙げて説明しよう。
古参ジャンルには、「広告概念合同」、「メディアミックスアンソロジー」、「映画ポスターパロディ合同」のように他メディアをテーマにした合同誌や、「プレ遣合同」(小さな漁港にあるプレハブが拠点の艦娘たちを示す「プレハブ分遣隊」という共通概念がどうやらあるらしい。何?)、「艦娘化合同」、「終末物語合同」(ネット上で調べた限り初出はC92らしいが、カタログ上には掲載されている)、「ミステリ合同」といった特定の世界観・ジャンルを共有する合同誌が存在するが、新参ジャンルには存在しない。新参ジャンルの合同誌は、こう言ってよければテーマが常識的だ。
さらに注目したいのが、性癖合同誌に登場するキャラクターだ。
性癖合同誌は有名なキャラクター・カップリングで製作される傾向にある。たとえば、サービス開始時点では存在しなかった艦これの海外艦や、ラブライブ!シリーズの続編である『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』、『ラブライブ!スーパースター!!』が中心の性癖合同誌は調査した全8回のコミケには存在しなかった。
東方でも、東方神霊廟以降のキャラクターの性癖合同誌はC91の「ふたなり正邪による下剋上合同」とC93の「朱鷺子ちゃんイチャラブ合同」(Pixiv・Xに記録がなく、Twiplaのページを掲載)を除いて確認できなかった。
そのほかのコンテンツでも、性癖合同誌にはコンテンツ初期に登場したキャラクターばかりが登場する。
まとめれば、
ニッチな同人誌は、元ネタとなるジャンルやキャラクターに一定以上の人気が存在しないと頒布されない。
たとえ人気が高くても、新参ジャンルではニッチな同人誌が頒布されない。
ことになる。
現在、古参ジャンルの人気が復活したり、ジャンルの細分化に歯止めがかかったりする兆しはない。
コミケで頒布される美少女二次創作は、少なくとも向こう数年(あるいは今後ずっと?)均質化していくだろう。
コミケは老人とともに心中する運命にあるのかもしれない。
人気作家が二次創作から消えた
――『艦これ』壁サークルの継続調査
では、なぜ新参ジャンルではニッチな同人誌が売れないのだろうか?
理由の一つは、TYPE-MOONとVTuberには女性のファンが多く存在することだろう。あくまで筆者が確認した限りではあるが、にじさんじオンリーイベントや赤ブー主催のFateオンリーイベントでは合同誌が比較的多く頒布されている。女性が合同誌をコミケ以外で頒布している、という説明には一定の説得力がありそうだ。
ただし、それだけでは説明できない差異もある。なぜ、Fateの女性キャラクターやホロライブのニッチな同人誌が少ないのか?このことはすなわち、古参ジャンルの男性同人オタクが新参ジャンルに移動していないことを意味する。
それを調べるために、古参ジャンルの1つである艦これで同人誌を描いていたサークルのその後を調査した。
ここで取り上げたいのは、人気作家が生計を立てられる程にかつての巨大ジャンルが盛り上がっていたことだ。ジャンルが細分化した現在、彼らはなにをしているのか?
商魂たくましくジャンルを変えつづける彼らを追うことで、なぜ古参ジャンルから新参ジャンルへのスムーズな移行が起こらなかったかが明らかになるだろう。
調査対象は、C87(2014冬)、C91(2016冬)、C96(2019夏)、C101(2022冬)に出展していた艦これの大手サークル、すなわち「壁サークル」と「シャッター前サークル」だ。4回のうち2回以上、艦これで出展しているサークルの動向を見ていこう。
まず確認しておきたいのは、艦これで出展している回がC96,101のみの作家は存在しなかったことだ。つまり直近で艦これに新規参入してきた人気サークルは存在しない。人気作家は減っていく一方なのだ。
では、彼らの次の活動領域はどこなのか。C87,91,96(のうち2回以上)で艦これの同人誌を出していたサークルの、C101での出展内容は以下の通りになる。
かつて継続的に艦これを描いていた78サークルのうち、C101も艦これで活動しているサークルは約1/4の19サークルにすぎない。また、ほかの古参メガジャンルへの移動もほぼ存在しない。残りのサークルが移動する先は主に「ウマ娘」と「非メガジャンルの二次創作」だ。
かつて艦これを追っていた人はぜひ調べてほしいのだが、当時の有名作家はかなりの割合でウマ娘の同人誌を描いている。これは、男性キャラも登場するTYPE-MOONやVTuberとは違って、ウマ娘に美少女キャラクターばかり登場することと整合性がある。
また、非メガジャンルでは『水星の魔女』『SPY×FAMILY』『原神』などに移動していた。どのジャンルも、艦これから移住した人気サークルは1つないし2つであり、メガジャンル以外でも細分化が進んでいることがうかがえる。
ここまでは既存の分析と大きく変わらない。興味深いのは、全体の1/4を占める「出展していない」層の内実だ。
もちろん同人活動を休止している伊東ライフもこの層に含まれる。
そして、彼だけでない多くの作家が、同人活動をやめてオリジナルの創作を開始している。あの『月曜日のたわわ』の比村奇石も、もとを辿れば艦これの駆逐艦を描いていた時期があった。
C101に出展していない19サークルのうち、半数以上である14サークルが現在一次創作ないしはskebを中心に活動している[5]。
さらに、流行のジャンルを選好しているC87で艦これ→C91で艦これ→C96でTYPE-MOONという経路をたどった作家で、C101に出展していない者は5人いるが、5人全員が商業作品・配信活動・skebを活動の中心にしている[6]。
つまり、流行に敏感なトップ層がコミケに見切りをつけ始めたのだ。
もちろん、時代に関わらず同人作家は売れると商業に行く。しかし、C87艦これ→C91艦これ→C96以降出展なし という経路をたどったサークルが1つしか存在しないことを鑑みると、コミケからの撤退は2010年代後半に加速していると判断できる。
この事実は、移動先であるWEBコミックや投げ銭サイトが同じく10年代末から普及し、コロナ禍でさらに市場が広がった事実とも整合的だ。
同時期にオリジナル漫画同人誌の頒布会であるコミティアがゆるやかに拡大したこと、評論・文学系の即売会である文学フリマが急成長を遂げたことも傍証として扱えるだろう。
要するに、古参ジャンルから新参ジャンルへの移行がすんなりといかないのは、男性キャラクターが登場する一部の新参ジャンルが赤ブー等に流れただけでなく、そもそも同人作家が二次創作を止めてオリジナル作品に移ったがゆえに、同人ジャンルの活力が削がれていることが一因と考えられる。
なぜ同人誌がつまらなくなったのか?――「ロングテール化」の末路
以上にまとめたように、コミケからは女性が消え、残った男性向けの二次創作においてもマニアックな同人誌が減りつつある。
このような、オタク文化の細分化とジャンル内の画一化の同時進行をうまく説明する理論はないのだろうか?
インターネットを分析する人間のあいだで、同様の傾向は「ロングテール現象」として既に知られている。
ロングテールとは、マイナーな商品の売り上げを総計すると大きな割合を占めるビジネスモデルを指す。要するに「塵も積もれば山となる」状況のことだ。売り上げが多い順に商品を左から並べたとき、右側の裾が長く伸びることからこの名称がつけられた。
インターネット上では物理的なスペースを利用せずに大量の商品が陳列可能であり、消費者が自分のニーズに合った商品を検索することもできる。オンライン通販やサブスクリプションサービスはすべてこの仕組みを利用しているといっても過言ではない。
このロングテール化は、文化産業において最もよく観察することができる。よく言われる通り、インターネットの普及によってコンテンツの量が飛躍的に増大したのだ。
たとえば、ソシャゲの美麗化はその一例だろう。
『艦これ』・『スクフェス』・『デレステ』など10年代前半の美少女ソーシャルゲームはストーリー要素が薄かった。名前のない「提督」や「プロデューサー」が記号的なキャラクターを愛でることに終始していたといえよう。
一方で、『FGO』・『ガルパ』・『シャニマス』・『原神』・『ブルーアーカイブ』・『ウマ娘』などに代表される近年のソシャゲは、そのストーリーの重厚さを売りにしている。
『FGO』の藤丸立香や『原神』の空/蛍のように主人公にデフォルトネームが与えられたり、『ガルパ』や『シャニマス』のように固定のユニット内で百合的な関係性が繰り広げられるようになった。
また、ニコニコ動画が没落して長時間の生配信がスムーズに行えるYouTubeへと関心が移動したのも、情報量の増大に寄与しているだろう。VTuberが3Dモデルによる動画からLive2Dを軸とした配信へと軸を移したのは記憶に新しい(といっても4~5年前のことだが)。
実は、膨大な情報をネット上にアップロードできるロングテール的環境と二次創作は、相性が悪い。
先ほど示した通り、ニッチな同人誌は元ネタとなるジャンルやキャラクターに一定以上の人気が存在ないと頒布されない。
1コンテンツ当たりの情報量が増えれば増えるほど、真剣にそのジャンルを追える人口は目減りし、二次創作の多様性は失われていく。ふたなり魔理沙去勢合同はなんだかんだ霧雨魔理沙が人気だから売れるのだ。
あるいはこう言ってよければ、近年のコンテンツは情報量が多い分余白が少ないので、自由な二次創作を行う余地が少ないともいえる。「キャラ崩壊」に近いような二次設定は流行らないのだ。
昨今よくある「ネタバレ禁止」的風潮も、公式が提示するコンテンツをありのまま受け取るべきだと前提されている点で、余白の少なさと軌を一にしているといえるだろう。
それと同時に、ネット上で創作を行う環境が整備されたことで、メガジャンルの人気に頼らずに趣味丸出しの作品を投下できるようになった。創作欲を満たしたり、エクストリームな性癖を解放したりしたいのであれば、pixivに連載してバズるのを狙ったり、あるいはDLsiteで直接販売したりすればよい。
もはや二次創作で勝負できる時代は終わったのだ。
10年代の総括――島宇宙の大崩壊と大収縮
そろそろ内容をまとめよう。
筆者たちはコミケの変化をとらえるため、既存のデータを利用するとともにコミケカタログをくまなく調査した。
結果、コミケから女性向けジャンルが消失したこと、コミケに残った男性向けジャンルが退屈になりつつあることを確認できた。
またコミケを見限り、少なくない同人作家がジャンルオンリーと一次創作に転進した。同人文化の細分化とジャンル内部の萎縮は、ロングテール現象として整理できるだろう。
コミケの時代は過ぎ去った。日本最大の同人誌即売会は、その意義を静かに失いつつある。
この原稿は2010年代を特集した本会誌(筆者注:この記事が掲載された負けヒロイン研会誌第3号は10年代を特集していた)の最後に配されていた。なぜかといえば、ロングテール化という視座こそが10年代以降のユースカルチャー研究を切り開く可能性を秘めているからだ。
90年代以降の若者にまつわる言説は、基本的なコンセプトを共有していた。それはつまり、同じ趣味・価値観の若者が閉鎖的なコミュニティを形成しているという前提=「島宇宙」論だ。
一方で、2010年代初頭に大衆化したオタク文化は、タコツボ化を超えて人間をつなげる能力を秘めていると目された。筆者たちが属する20代の若者は、スクールカーストとはある程度無関係に当時のオタク文化を共有しているといえよう。
2023年現在、さらに大衆化は進んだ。ジャンプ漫画の映画化作品が大ヒットを連発したり、3年に1度かならず新海誠の新作が話題になったり。
特定の漫画やアニメを知っていればだれとでも当たり障りのないコミュニケーションができるし、逆に“履修”していないと疎外感すら覚える。その結果生じたのが「ファスト映画」であり「倍速視聴」である、というのは、すでに指摘されている通りだ。
その一方で、オタク文化の象徴であるコミケの参加者たちは、オタク文化が細分化されたがゆえにコミュニケーション不全に陥っている。
つまり、オタク文化はあまりに大衆化しすぎて「趣味」とわざわざ呼ぶ必要もない一方で、そこに強くコミットする人間はまったく統一がとれておらず、同じ趣味をしていると呼べるのか怪しい。
この状況はほかの趣味にも当てはまるだろう。私たち若者は誰でも知っている音楽や映画を詰め込みつつ、一方で自分しか知らないようなYouTubeチャンネルを追い続けている。
この状況で、趣味が閉鎖的なコミュニケーションを媒介しているという前提を維持し続けるのは適切ではない。いまわたしたちは、同じ趣味を愛好する人間のコミュニティ=島宇宙の終焉を目撃しようとしている。
島宇宙が膨張/収縮し続ける現象のことをを、宇宙が膨張しすぎて死を迎えるシナリオと、ビッグバンを巻き戻すかのように一点に圧縮されるシナリオにちなんで、島宇宙の「大崩壊」「大収縮」と名付けたい。
10年代はあらゆる島宇宙が薄く広く拡大する一方で、内部の統一感がかろうじて保たれている時代だった。
いま進展しつつあるのは、そのうちのひとつの宇宙の終焉だ。そこでは様々な星々が光り輝いていた。
コミケが盛り上がっていた時代が終わったというより、コミケが象徴するなんらかの時代が終わったのだ。筆者たちの世代は、その最後数年に偶然居合わせた。
立つ鳥跡を濁さず。こういうのは最後に出ていく人間が跡片付けをすべきだろう。この記事が時代の総括に役立つことを願う。
(本記事の制作に際し、調査には舞風つむじ氏、みやまれおな氏、くろ~ぶ氏にご助力いただいた。この場を借りて感謝申し上げます。)
以下注釈
[1]一般に女性参加者が多いということであり、男性参加者が存在することを否定するものではない。以下の記事における「女性向け」「男性向け」の表現すべてについて同様。
[2]クロスオーバーは、サークルカットに他作品のタイトルorキャラクターの名前が載っているサークルのみを計測した。どこまでをクロスオーバーの範囲に含めるか線引きするため、アニメ(特撮も含む)・漫画・ゲームとのクロスオーバーのみをカウントした。
[3]TYPE-MOON自体は計測期間以前から独立したジャンルコードに分類されているが、近年の人気はほぼ『FGO』によるものであり、2010年代後半に登場したコンテンツとしても問題ないと考える。
[4]「イナゴ」「同人ゴロ」という表現を用いていたため、その記述を含む部分は全て削除しました。下記に、注釈のみを残しておきます。
「イナゴ」は、次々に畑を荒らす昆虫を用いた比喩であり、人気のジャンルにすぐ飛びつくことに力点が置かれた表現だと考えられる。一方「同人ゴロ」の定義は揺れている。犯罪まがいの方法で不当な利益を得る同人作家を指すこともあれば、同人誌に原作愛がないことを構成要件とする向きもある。伊東ライフ氏は前者では決してないし、私が知る限り後者でもないことを書き添えておく。
[5]調査した2023年3月当時の情報なので、現在の状況とは異なる場合もある。管見の限り、艦これの人気サークルがC102以降にブルーアーカイブで出展しているのを複数確認しているので、いまブルーアーカイブに勢いがあるのは間違いないだろう。今後追加で調査する場合は、ブルーアーカイブが男性向け二次創作を盛り上げられるかどうかに着目したい。ただし、今のところ成年向け二次創作のみが先行しているように見える。
[6]5人中1人が一次創作を、1人がfanboxを活動の中心にし、残り1人はゲーム会社に勤務している。伊東ライフ氏を含む残り2人は調査当時主に配信活動を行っていた。
記事更新履歴
・記事を修正している旨を冒頭に追加。
・艦これの壁サークルの調査のデータに誤りがあったので、一部修正するとともに注釈を追加。大勢に影響はない。
・伊東ライフ氏=イナゴ・同人ゴロ、女性の同人オタク=腐女子と読める記述は不適切と考え一部修正を加えた。
・イナゴ・同人ゴロについて、一部の修正だけでなく、当該表現に関わる部分を全て削除した。この点についてはのちに公開する予定の報告・謝罪記事で改めて説明させていただきます。
・男性向け・女性向けという表現に注釈を追加。
・全体的に、文意を変えない範囲で読みやすくしている。