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17歳の影はまだ心に残っていて。

今日(というか昨日)、騒弦のシューゲイザー/ドリームポップのライブイベントに行った。シューゲイザー系のライブは東京にいた時ちょくちょく行ってたし、大学(東京)時代はドリームポップとかインディーロックとかそういうのに傾倒していたけれど、ここ最近は全然聴かなくなったな〜と自分でも感じてた。でも久々に生でライブ見ると、やっぱり僕はドリームポップとかインディーロックとか好きだなぁって再認識する。そもそも根っからのシューゲっ子だし。
Moon in JuneとGangliphone、シーサイドスーが良かった。ドリームポップ聴かなくなったと言いつつ、Moon in Juneは半年前に聴いて即「いいじゃん!」ってなったバンドだから、静岡で生で聴けて嬉しい。
Gangliphoneは、それこそ高校の時から知っていたし、すげぇバンドだよって周りからも教えてもらってて、最近サブスク解禁した音源聴いてた。でも生で見るのは初。シゲさんは僕が高校の時からお世話になってて交友関係あったのに、ステージに立ってるシゲさんは見たことがなかった。僕の中では騒弦の店長・バーテンのシゲさんの方が馴染みがあった。けれど、ようやく8年越しにGangliphoneのライブを、すげえ活き活きとベースを鳴らすシゲさんを観れて、純粋にかっけぇ!って。周りの人がGangliphoneの話をよくする理由が分かった気がする。
シーサイドスーも同年代かつ同郷で、シューゲイザーやってるのは前々から知ってたけど、観るのは初めてだった。なんかこう(良い意味で)嫉妬しちゃったし、でも話すと暖かい人たちでなんかいいなと思う。

ライブや出演バンド自体が良かったのもそうだけど、色々思うことはあった。思うといってもネガティブなお気持ちじゃない。色々考えたり感じたりしたから、自分語りにはなるけどブログとして書いておこうと思う。

まず、僕が静岡(中部)に来て1年が経った。何度もブログやTwitterで言ってるけど、去年の3月末に本気で自殺しようとして東京を抜け出して、最後の頼りでhiyorimiの悟さんに連絡して、そしたら即住む場所と仕事(そん時はまだお手伝い程度だったけど)をくれて。その後も気にかけてくれたり、僕が社会復帰できるように助けてくれたり、結果的にはちょうど半年前に正式に入社できたわけだけど。
hiyorimiとかバンド関係以外でも、職場で話したり関わったりする人もいる。病気があるうえに、そもそも僕自身ダメダメ無能人間だけど、職場の優しい人たちのお陰で少しずつ仕事もできるようになっていってる。まだまだ半人前だし、基本スペックもキャパも歩幅も普通の人より劣ってるけれど、前を向いて歩き続けられてるのは、周りの人のおかげお陰だと感謝してもしきれない。自分が前より頑張れるようになれてるとも実感できてる。
1年前、というか東京にいた時はこんな未来が待ってるなんて思いもしなかった。自殺衝動に支配されて、苦しくて、死ぬことを考えることでしか心が落ち着かなくて。今ももちろん憂鬱や不安感とかは常に付きまとってるし、希死念慮が消えたと言ったら嘘になる。でも今は、仮に押すだけで痛みもなく死ねるボタンが目の前にあったとしても押そうなんて微塵も思わない。
18から4〜5年間は、明日とか未来とかが見通せない、というか前に目を向けても、BAD ENDしか想像できなかった。「これから緩やかに落ちていくんだろうな」という感覚があった。
ただ今は前より少し、明日に希望を持ててる気がする。コードギアスでルルーシュが、明日のある世界を望んだことを、より本質に近いところで感じられるようになっていると思う。
それに、昨日より今日、先月より今月、「これができるようになった」とか「こんな風に少し進めた」って実感できる瞬間が増えた。歩幅は小さくても、確実に前には進めてる。自分の足で。

この1年で良い方向に変われたと、自信を持って言える。
そんな時、今日のライブで久しぶりに高校時代のバンド(Seagull)のドラムとばったり会った。僕は分からなかったけど、ソイツは「おい!カンジじゃん!」って一目で分かったみたい。
そいつはシーサイドスーの手伝い?スタッフで騒弦に来たらしくて、久しぶりに話を交わした。ソイツはやっぱり変わってなかった。安心感があった。
ドラムは僕が東京行っておかしくなったことや終わっていってたことまでは知っているし、僕に幻滅しただろうと勝手に考えてた。今も1年前より良くなったとは言っても、高校の時より負け犬という烙印がお似合いなダメ人間と思われてるんだろうなと思ってた。
けどソイツは「カンジ変わんねーな」って。何気ない一言だけど、それに僕は救われたというか心が軽く、それでいて暖かくなった。ソイツは、僕が見た目も変わってるのに一瞬で僕だって分かったって言った。「なんつーか雰囲気とかで分かる」らしい。
落ちるとこまで落ちても、僕という人間は変わってないんだってことを旧友から言われて、僕は嬉しかった。
その言葉自体もそうだけれど、何より「お前は変わってねーし、まだやれるだろ」って背中押された気がした。
この1年で色々と高校の時の感覚に戻ってきた気はしてたけど、実際にあの頃一緒にやってきた仲間に言われて、自分の熱量に、残ってるどころかまだメラメラと滾る衝動に気がついた。
僕は「またこっち(静岡中部)で新しくバンドやろうと思ってんだ。デモだけど曲も作ってるしギターも続けてる」って胸張って言えた。
ソイツはがっつりバンド活動やるのはやめたらしいけど、ドラムは続けてるみたい。僕が「Seagullも同窓会みたいな感じでまたやりたいな」って言うとOKって返してくれた。なんでまたおいおいやると思います。

ドラムの旧友(というか戦友)以外にも、その日は色んな人と話した。僕は東部出身だから、中部にほとんど知り合いがいない。だからドラム募集とか関係なく、騒弦のバータイムとかライブイベントとかで交友広げたいと思ってて、その日気になる人に声をかけたり紹介してもらったりして、色んな人と繋がった。
そしたら高校時代のバンド活動で僕のことを知ってるよ!という人が多くてビックリした。騒弦というか静岡中部でライブやったの2回だけなのに。Seagullのこと知ってくれてる人や、なんなら見たことあるよ!って人がいて、それが名刺みたいになって名前覚えてもらえた(と思う)のは嬉しかった。
「Seagullってかっこいいバンドいるって昔聞いたことあるよ!」とか「初めて行ったライブイベントがSeagullだったよ!」とか「高校生であのサウンド出してたんだから流石に覚えてるよ!」とか。
僕は承認欲求で音楽やってるわけじゃなくても、褒められたがりなのは本当だから、そう言ってもらえるのがめちゃくちゃ嬉しかった。
何より、「あの時(高校時代)バンドやってて、活動頑張ってて良かった」って7〜8年越しに報われた気持ちになった。
そして、その嬉しい言葉を聞いて、尚更またバンドやりたいと強く思う。17のガキの俺がこれだけやれたんだから、今だってできるだろ!って心の中の自分が言っている。
それに褒められたり知ってくれてたりするのは、あくまで17の時の俺なわけで。あの頃の自分を越してやりたいって衝動が湧き出てる。
ステージに立ちたい。俺の曲を、新しいバンドで、デカい音で掻き鳴らしたい。感情や感性がティーンだった頃に戻ってきて、俺はどこまで行っても俺なわけで、大切な核の部分は何も変わってないわけで。そんな普遍的かつ初期衝動的な部分が残ってるうえで、できることも見てきた世界や経験も増えた今なら、あの頃よりも少しだけ明るくて清々しい景色を見れる気がするんだ。
またhiyorimiやTHE RESTAURANTとも対バンしたい。色々あったけど変わってないんすよって、色々あったから今こんな音出せるんすよって、ティーンな部分も大人になった部分も見せつけたい。Gangliphoneやシーサイドスーみたいな対バンしたことのないバンドとも、まだ知らないバンドともたくさん共演したい。
欲を言うとFUZZKLAXONとかmarinbluecomplexとかlittlegirlhiaceとか、憧れのバンドともいつか対バンしたい。
そんな風に夢を見れるようになったのは、俺が俺を取り戻してきて、元気になってきた何よりの証拠だと思う。
やっぱり、俺は音楽を辞めることなんて出来ない考えられないんだろうね。成人になって音楽から離れてたせい?お陰?で、デカいギター掻き鳴らして表現したいことたくさんあるんだ。
だからまずは曲作りは継続しつつ、ドラムもまた見つけて、バンド開始するところから始めます。
これから、いっぱい楽しいこと待ってるって、知らない景色があるって考えると、生きたいって本当の意味で言える気がするよ。俺、まだまだやりたいことたくさんあるよ。
一つずつ、少しずつ、小さな歩幅で進んで掴んでいきます。生きるのも案外悪くない。
17歳の影はまだ僕の感情に色濃く残ってる。心臓を動かしてくれている。

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