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【イタリア滞在記Ⅳ_AT三部作】③「友達」ってなんだろう?

昔々、イタリアはエミリア・ロマーニャ州のある所に、夜空のように神秘的な美しい黒髪を持つ頭のいい美青年と、赤毛のでかい男がいました。

一年の三分の一を冥界で暮らすペルセポネとアドニスのように、黒髪と赤毛は一年のうち数か月をイタリアで一緒に過ごします。

二人は、本当はイタリアを生活の拠点にし、日本へは里帰り的に遊びに行く感じにしたいな、と思っていました。

しかし、そう簡単にはいきません。
赤毛のでかい男はイタリア人ですが、黒髪の美青年は日本人です。大金か、現地に何らかのコネクションでもない限り、日本人が単独でイタリアに長期間滞在するのは、実はけっこう難しいのです。
そのため、黒髪は、日本とイタリアを行ったり来たりして暮らさざるを得ませんでした。

...もし、二人のうちのどちらかが男性で、もう一方が女性だったらどうでしょう。
結婚して、何の問題もなく、普通にイタリアで生活していたかもしれません。

そうでなくても、近頃は、同性同士の婚姻や、それに相当する制度などが認められるようになってきました。
しかし、そういった関係にある場合、お互いに恋愛感情を持っている、と認識されるのが一般的でしょう。ところが、二人は相手にそのような感情を抱いてはいないのでした。

赤毛のでかい男は、女の子が大好きです。
好みの女性を見かけては、「彼女の後ろ姿、たまらないな。あの尻を見てると頭がおかしくなりそうだ」などと言い、特に気に入った子には声をかけて、うまくいけば二人でどこかへ出かけたりしています。

一方、黒髪の美青年には、恋愛感情そのものがありませんでした。女性に対しても、男性に対しても、尻を見て頭がおかしくなりそうになることはないのです。
黒髪は生殖器官に先天性の奇形があるため、それ関係の感情も全滅しているのかもしれない、と、ある人は言いました。
また、幼い頃、同性のいとこに性的ないたずらをされたことがあり、防衛機制のためにそういった感情がなくなったのではないか、と言う人もいましたが、本当のところは彼自身にもわからないままなのです。

黒髪の美青年が、そのような感情がないことで苦しむことはありませんでしたが、それでも、ときどき考えてしまいます。
恋愛感情さえあれば、来週も、再来週も、その先もずっと、赤毛のでかい男と一緒にピザを食べながらチェスをしたり、彼のピアノ伴奏で歌ったり、公園でハトを追いかけ回したりできたかもしれないのに...と。

ある晴れた日曜日。黒髪の美青年は赤毛のでかい男と公園へ散歩に出かけました。

池のそばをゆっくりと歩きつつ、並んで泳ぐ水鳥を見ながら、昔どこかで聞いて、今でも頭に残っている『親友に抱く感情が好きに近い』というフレーズについてぼんやり考えていると、小さな男の子が父親に手を引かれ、こちらへ向かって歩いてきました。

それを見つめていた赤毛が、親子が通り過ぎると、黒髪の隣で呟きます。
「かわいいね。君も昔はあんな感じだったなぁ...」

「...僕が初めてイタリアに来たのは、今と同じ身長になってからなんだけど」

「そうだっけ...? まぁいいや。さぁ、ヒュラス、そろそろ帰ろう。俺、このあとステファーニアと約束があるんだよ」

黒髪の美青年は、ヒュラスってどういうことだよ、と聞きたい気持ちをぐっと抑え、代わりに、
「ステファーニアって誰だよ」と言い、歩みを速めた赤毛のでかい男を追います。
そして、彼の大きな背中を眺めながら、きっと誰も「友達」を定義づけることなどできない、と思ったのでした。

おわり

240225