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ロプンのヒンドゥー教と仏教タントリズム

tantrism,つまりタントラ(密教)の教えはヒンドゥー教にも仏教にもあって、みんながみんな、それぞれの立場で言うのだ。まとめると、①タントラはヒンドゥー教のもので、仏教がヒンドゥー化したもの。②ヒンドゥー教の密教と仏教の密教は別(後期密教も別)の2つ。大まかに見ると、

①の理由。

神様が被ってる。信者獲得のためであろう。

②の理由。

別の宗教だから、被る理由がない。

①場所がインドなので、神様が後から

突然、密教になって被った感は少ない。

そもそも被ってる。

②宗教や哲学はどうあれ、修行は被ってる。

シャマタやビィパサナーも被る。

なので、どっちも「コレだ!」という気が

しない。

インドは日本のように昔から多神教の国。

また多宗教の国。宗教者はともかく、

一般人は特にこだわりなく、どの神様にも

手を合わせていたのではないか?

インド人は観光好きでその土地その土地の

神様に今も手を合わせる。

また、インドの仏教の僧侶は、そもそも

生まれがバラモンだったりする。

となると、ヒンドゥー教の教えはある程度

知っていておかしくない。

まして、日本のように僧侶が妻帯する事は

ないから、代々世襲で仏教僧の家柄はない。

私の推理はこう。

仏教はその最初から、ヒンドゥー教の1つと

してぐらいの一般認識。

ただ哲学があまりに違うのと、代々世襲を

しないなど習慣が違う事で、僧院や仏塔、

仏像がなんか違うなという認識はあった。

ヒンドゥー教で神様を祈るように、仏教で

お釈迦様に祈る習慣も恐らくあった。

どちらの宗教も禅定の教えがあるので、

その境地の体験を伝える事があった。

それを密教として、どちらも伝えたのでは

なかったか?

生活に関わる、自分の家に代々伝わる

貴重な教えを、インドのバラモン達が

やたらと教えたとはあまり思えないのだ。

龍樹菩薩のような天才が深い禅定で得た

ご神仏との邂逅。

本来、誰にでも伝える教えではなく、

深い禅定を成し遂げてから教えてた方が、

密教はしっくり来る。

いわゆる、ほぼ一子相伝。

その境地を実現出来ないのに伝えるのは

想像出来ない。

同じ事はバラモンやサドゥーにあったろう。

では、なぜ密教の教えが被るのか?

同じインド人、必要な教えも似ていた

可能性がある。また人を構成する要素が同じ

なので、出来る事は似通うのもあり得る。

後は見られて、マネした?

それもあるだろう。

昔、インドから仏教がほぼ姿を消した。

衰退したのは、それこそ誰にでも密教を

教えたから、というのは、そうだと思う。

開かれた密教の修行自体が批判を呼び、

無理解な密教の修行者が、ついには密教の

宗教としての存在価値を葬った。

チベットにインド仏教の本質全てを伝えた

アティーシャ尊者は、仏教の一般の戒律を

守り、菩薩の心や行いに慣れるまでは、

密教を学ぶのを制限した。

密教の修行には、さらに制限をかけた。

それは今だにチベットの高僧には

常識で、だからこそチベット人には

チベット密教が敬われている、と思う。

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インドからチベットに伝わった文化である「仏教」を仏教用語を使わず現代の言葉にする事が出来たら、日本でチベットの教えをすぐに学べるのに、と思っていた方。または仏教用語でもいいからチベットの経典、論書を日本語で学びたい方。可能なら皆様方のご支援でそのような機会を賜りたく思います。