Mrs. GREEN APPLE MV 「コロンブス」はどのように炎上したのか?
Mrs. GREEN APPLEの新曲コロンブスのMVが大きな反響を生みました。
所属レコード会社のユニバーサルミュージック社は、「歴史や文化的な背景への理解に欠ける表現が含まれていた」として6月13日 14:30ごろ、リリースを発表し、MVの公開を取りやめました。公開が6月12日21:00でしたので、17時間半程度の公開期間だったことになります。
コロンブスのMVは、いわゆる炎上事案として、世間に認知されました。
また、新作コロンブスは、日本コカ・コーラ社の"Coke STUDIO" キャンペーン・ソングでしたが、同じく6月13日に関連する動画はすべて削除されました。実際のキャンペーン開始は6月3日でしたが、そのプレスリリースは5月31日、ティザー広告は5月24日から着々と展開していました。公になってから、およそ3週間の出来事でした。
楽曲やコカ・コーラのキャンペーン動画はもとより、問題となった新曲コロンブスのMVも当初は、好評でした。それを裏付けるクチコミを今も数多く目にすることができます。
では、どのようにしてコロンブスのMVは、炎上事案になっていったのでしょうか?
クチコミを分析することで辿っていきたいと思います。
なお、本稿で取り扱うクチコミ及び収集手段は以下の通りです。
対象メディア:X
データ収集ツール:brandwatch
コロンブスのSOV(Share Of Voice)
下のグラフは、「Mrs. GREEN APPLE」と「コロンブス」を含むポスト数(以下、話題数と記します)を日次集計した推移グラフです。
6月13日に大幅に該当ポストが増えていることがわかります。
大人気のバンドです。「Mrs. GREEN APPLE」を含む5月の平均日次話題数は16,000件程度ありますが、6月13日には50,000件に達する規模に拡大しました。
下図は、「Mrs. GREEN APPLE」の話題のうち、楽曲「コロンブス」の話題がどの程度を占有するか(SOV:Share of Voice)を日次集計した結果です。6月13日には60%を超えていますが、6月13日以前にもSOVが高まるタイミングが何件かみられます。
それぞれのタイミングごとの話題を広めた原因を見てみましょう。
5月24日 ティザー広告
「コロンブス」の新曲発表及び「コカ・コーラ」CM出演については、5/24の夜にオンラインの音楽系のニュースメディアを中心に、次のような投稿がなされています。
これを知ったファンからは、次のようなリアクションが見られました。これまでも担当していたこともあり、次のような楽しみにしている声が多く確認できました。
5月31日 コカ・コーラ プレス発表
キャンペーンのメイキング映像に対しても、上々の評価であふれます。
6月6日 コロンブス カバー写真公開
着々と解禁されていく情報に期待も高まっています。
6月10日 MVティザームービー第1弾を公開
ここでは、まだMV本編の内容は公開されていませんが、テレビ出演の予告などの情報が公開され一層の盛り上がりを見せています。
6月12日 コロンブス リリース当日
MVの公開当日です。Mrs. GREEN APPLE (@AORINGOHUZIN)の公式アカウントからは0:00に案内がポスとされましたが、実際の公開日時は6月12日21:00です。
リリース前後のクチコミを見てみましょう。
下のグラフは、6月11日 0時から6月15日 24時までに投稿された話題数を時間単位に計測したグラフです。なお、後に批判的な話題の割合を算定するために、リポストを除いた件数の推移としています。
MV解禁前後の話題に含まれる頻出語ランキングを以下に示しました。上位25単語を時間帯別に集計した結果です。表では、各単語を以下のように色分けしています。
薄い緑色:MVやMrs. GREEN APPLE自身に関係する単語(MV、Mrs. GREEN APPLE等)
薄いオレンジ色:キャンペーンに関係する単語(コカ・コーラ、タイアップ等)
薄い赤色:MVの批判に関連する単語(人種差別、炎上、白人等)
薄い紫色:MVの批判を論ずるインフルエンサーのハンドルネーム
MV解禁は時間表記のセルを赤く塗っている6月12日 21:00です。一瞥して、6月13日 1:00までは薄い赤(MVの批判に関連する単語)、薄いオレンジ(キャンペーンに関係する単語)は出現していないことわかります。MV解禁から4時間くらいは、おおむね好評であったことがわかります。
また、MV解禁前後ではMVを楽しみにしているファンの声やテレビやニュースメディアが扱う記事であったことが伺えます。実際6月12日 21:00までの、ポストはMVの前に解禁された楽曲の感想や、MVへの期待で溢れています。
既にMVは閲覧できませんが、楽曲は今も聴くことができます。
個人的にも、とても良い曲だと思います。
初めてMVを批判したポストは?
MV解禁後の状況を詳しく見てみましょう。
以下のグラフは批判投稿のSOVを6月12日の21時台から6月13日の11時台まで時間ごとに集計したものです。
6月12日 21時台、22時台では、批判投稿は一切なく、極めて好意的な投稿だけでした。最初に確認できた批判投稿は、6月12日 23時台の以下の2件。MV公開の2時間後です。
いずれもいいねは20件弱ついているものの、リポストは夫々8件と2件、インプレッションも何れも1万件未満です。(2024/6/20 12:00時点)
また、6月13日 1時台にかけて批判投稿の割合は増加しますが、これは、フォロワー数約7,500名のインフルエンサー@HNamachiri氏の以下のポストが原因です。
問題点を簡潔に指摘しており、これに反応して最終的には1,400件以上のリポストが発生しています。インプレッションも230万件を超えています。(2024年6月19日 12:00時点)
しかしながら、深夜帯ということもあり、さほど大きな拡散は確認できません。このリアクションも、多くは6月13日5:00以降に発生したものです。
批判的なポストが増大し、SOVが50%を超えたのは6月13日9時台です。
事例からの学び
今回の事例が教えてくれる、企業がプロモーションなどを展開する際の留意事項を考えてみましょう。講じられる準備施策は、発生した問題に対処するリアクティブ(反応的)な対応とそもそも問題を発生させないためのプロアクティブ(予防的)な対応に分けて考えることができます。
<リアクティブ(反応的)な対応>
今回の批判の拡散は、以下のようなプロセスを踏んで進行したことがわかります。
第1段階 12日 23時台
批判的な話題が発生。
ごく少数(今回であれば2名)の批判投稿が発生。ただし、大きな拡散は発生するには至っていない。第2段階 13日0時台
拡散の火種が発生。
インフルエンサーが説得力のある投稿をポストしています。第3段階 13日9時台
サイバーカスケード(*1)発生。
複数のインフルエンサーが説得力のある投稿をポストしており、それを目にした多くの読者がリアクションをする状態です。批判的なSOVは50%を超え、件数も12時台には9時台の6倍に増大しています。
対処としては、一刻でも早く兆候を検知し、一次的な対策を講じるための意思決定プロセスを予め整えておくことに尽きると思います。
とりわけ、第2段階のインフルエンサーのポストに気付くことが大切です。更に、このポストの内容が以降の論調を左右することにもなります。今回は、深夜の時間帯ということもあり、サイバーカスケードが発生するまでのリードタイムが9時間程度ありました。
この間に、当該ポストを検知し、早朝のテレビ番組への配信差し止め、謝罪リリースの発表、MVの削除などを前倒しで実施できたら、批判の拡散形態も結果も変わってきたでしょう。
Mrs. GREEN APPLEのサイトに掲載された謝罪記事に意図とは異なる伝わり方もするかもしれないとの懸念を前もって、抱かれていたことが記されています。情報解禁のタイミングは決まっているわけですから、半日程度集中的に監視(ソーシャルリスニング)を行う体制を取っておけば、当該ポストの検知も可能であったようにも思われます。
実際には、Mrs. GREEN APPLEと配信会社の謝罪発表は6月13日14:30ごろでした。迅速な対応を評価する声も多く見られますが、サイバーカスケードが発生する前に対策できていれば、実際の動画を目にする人が大幅に減り、拡散の抑制にも効果があると思われます。
<プロアクティブ(予防的)な対応>
今回の事案に触れ、想起されたのが2023年の夏に大きな話題となったバーベンハイマー(Barbenheimer)の事例です。
バーベンハイマーは、米国で原爆の父と称されるロバート・オッペンハイマー博士の伝記映画「オッペンハイマー」と、おもちゃのバービー人形が主人公となった実写映画「バービー」が、米国で同時公開されたため、配給会社のワーナー・ブラザースがBarbenheimerという造語を使ってプロモーションを行ったものです。
そのなかで、バービー人形のヘアスタイルを原爆のきのこ雲に見立てたコラージュ画像を投稿したポストに対して、ワーナー・ブラザースの公式アカウントが好意的な返信をしました。これに、(一部の)日本人が強く反発したものです。想像に易いことですが、日本以外でこのような反応はありませんでした。ワーナー・ブラザースが謝罪をしましたが、原爆に対するメンタルモデルが日本と日本以外の国で大きく異なることが明らかになりました。
一方、今回の事例を考えてみましょう。
私が半世紀近く前に義務教育で教えられたコロンブス像は、専ら素晴らしい実績を残した探検家であったように記憶しています。原住民に残虐な行為を行ったことは、随分と大人になってから知ったように思います。
chatGPTに「日本の義務教育では、コロンブスはどのような人物として説明されていますか?」と質問すると、次のような回答を得ました。
続けて、
近年は、影の部分を学ぶ重要性も教えられているようですね。
とはいえ、アメリカ大陸の原住民との接点が皆無の生活を送る人の感度が、アメリカ人と比較して、にぶくなることも必然かと思います。
今日、プロモーション施策を検討する際には、世界中の様々な立場の方の反応を想像し、内容を定めるすることが不可欠であることを改めて強く認識できました。
米国人も原爆投下の正当性を主張する考え方も減ってきたとの調査結果もあります。
今回の事案を契機に、多くの日本人のコロンブス像に関する理解も深まったのではないでしょうか?
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