鯉川夏代

小説、絵など たまに創作をしている人 PixivやInstagramにも居ます 女性

鯉川夏代

小説、絵など たまに創作をしている人 PixivやInstagramにも居ます 女性

最近の記事

「物隙目」...終 友引

「今だから言えることだけど」 昨日、朝一でアパートに帰ってきた私は、綾子に絵のモデルを頼んだ。美しい天使、私の親友、園美綾子。一度も彼女のことを描いたことがなかったな、と、父の言葉を思い出した。私が描くことに意味なんかない。死んだ彼女を描くことが、どんな風に取られるかはもうどうでもよかった。綾子のことを真に理解できる人間はこの世にはいないし、無論私も、何一つ理解していなかった。一昨日の夜、死んだ時の姿で現れた綾子は、真白のロングワンピースを着ていて、腕には煙草の火傷跡があった

    • 「物隙目」...6 先勝

       肌が白くて可愛いと言われた。上手く巻けない髪の毛も、サラサラで綺麗だと褒められた。「ありがとう」と友人各位へにこやかに返せるようになって、歪んだな、と思った。  昔の私なら、「おえ」と口から溢れていたはずだ。その後に咳き込んで、脆い身体に鞭を打って逃げ出したはずだ。それほどまでにこの空間に漂う煙は酷い。一瞬火事でも起きたのか、バルサンでも焚いたのかと思ったが、熱くはない。煙草だ。締め切った空間で換気扇も付けずに、まだ一回は吸えそうな煙草が何本も灰皿に押し付けられている。この

      • 「物隙目」...5 赤口

        「何にもならないことをするな」 父の言葉が頭にこびりついている。父の言いつけの一つだ。私と弟は、常に何か意味のあることを求められて、でもそのおかげでそれなりに勉強できた。高校の美術室、向かって黒板の右側、ポリバケツの中に作品を捨てた。不要になったのでビリビリに破いて捨てた。未練は少ない方がいい。模試の成績は可もなく不可もなし。父親のため息を聞きたくなくて部屋に帰った。デッサンの調子はイマイチで、取り返しのつかないところまで来てから構図をミスしたことに気付いた。デッサンは練習で

        • 「物隙目」...4 大安

          「本当のところはどうなの?」 家の最寄り駅の改札の傍にはすぐ踏切があって、通学時にデオンデオンという地響きを聞いている。登った階段の段差の分だけ線路とは離れていて、そこに飛び降りるだけで人生が終わることは人身事故の放送で知っていた。黄色い線の内側に下がっても「三番目の車両が身体の上を通過するまで痛みを感じる」と聞いたのを思い出しては、剃刀で皮膚を抉ってしまった時のように脚に鳥肌が走った。トロッコ問題と同じで、私が間違いを犯してもそれは私が間違っていただけで車掌さんは何も悪くな

        「物隙目」...終 友引

          「物隙目」...3 仏滅

          「もしも明日地球が終わるなら何をする?」 誰もが一度は問いにした言葉で、誰もが一度はその問いに答えたことがある。はずだ。当時小学生だった私達も例に漏れず、その言葉は暇潰しのために口にされた。もうすぐ中学生になる歳の子どもが話のネタにするには少し幼稚で、でもその話をする時はそれなりに真剣だった。教室の片隅に放置された学級文庫は、一部の読書家には人気だったけど、ほとんどの人間が読むことはなかった。読書の習慣を身につけさせるために設定された、朝の読書の時間でさえも読んでもらえるかど

          「物隙目」...3 仏滅

          「物隙目」...2 先負

          「化けて出るなんて馬鹿な真似しないで、だっけ?」 友達の園美綾子が死んだ。彼女の友達が大勢集まった葬式はなかなかのもので、羨ましいと思った。供花の中の彼女は美しかった。死んでも人形みたいに美しいところが信じられなかった。大学生になって初めて礼服に袖を通した。私が参列したことのある葬式は、中学生の時のひいおばあちゃんだけで、彼女は老衰だった。線香の匂いが染み付いた制服を学校にも着て行った。大学入学前に買った礼服は、在学時に着ることなんかないだろうと思っていた。 「陽子は変わらな

          「物隙目」...2 先負

          「物隙目」...1 友引

          「人間辞めたい」  明け方の四時、散らかった部屋の中の、唯一まっさらなベッドの上で、口からぽつりと溢れた。汚いものは嫌いだけど、何の気無しに床に置いたもの達を退かす労力はなかった。枕元の延長コードは満員御礼。その先に繋がれているのはスマホだけだ。暇つぶしに数冊選ばれた漫画達は、久しく本棚に戻っていない。折り畳み式の机の上には、夕飯のコンビニ飯のゴミが置いてある。煌々と灯りがついたままのこの部屋は、いつぞや誰かが遊びに来た時にデッキに入れたままのライブDVDが流れていた。虫が沸

          「物隙目」...1 友引

          忘れてもいいのにね

          長年の付き合いではなかった。 長年の付き合いになるとも思っていなかった。 「お疲れっす」 砕けた口調の、バイト先のひとつ年下の女の子。切長の目に、若干わかりやすい切開ラインを引いて、耳には小さなピアスが付いていた。瞼はいつもキラキラしていて、髪はサラサラで、規則に引っかからない程度のインナーカラーが可愛かった。彼女とは同期で、バイトでなければ話す機会のない世界の人だった。業務連絡から、ふとした他愛ない世間話をする程度で、連絡先も交換しなかった。 「このお酒、よく売れるね」 「

          忘れてもいいのにね