愛のボトル〜プレイリスト〜

冬につま先がつめたくて、あの人の言ってた地獄なんてわたしの散歩道みたいだってガッカリしたことを思い出した。愛したって言ったことも全部忘れてよ。もういまはただ悲しい。
スクリーンを眺めつつ指を絡めてしまった時代だって、わたしは死にたいと言ったわ。哀れな時代を責めて、生き抜くことに誇りが欲しかった。心の中はいつもそれだけで、それ以下にはならなかった。賢くありたいと願ったり愚かになりたいと眠ったりした。冬はいつも、思い出すようにやってくる。ああ覚えている、このつま先の冷たさを覚えている。
痛い頬をマフラーに埋めて歩くことを覚えている、もしこれから何度いのちを捨てようとしても覚えている。風に深い青と刺々しい灰色が染み付いていて、呼吸をすると肺のなかいっぱいに結露がまとわりついた。
雪道を踏む度になにかが壊れていくのがわかる、何かを壊しながら向かう先に、避難所みたいな部屋がある。いっそのこと汚さに溺れたい。ちゃんと汚いから。いつもちょっとずつ汚いから。わたしのことを忘れてしまう人にだけ話したかった心のことや過去のこと、わたしのことを忘れてしまう人にだけ話してしまいたかったけれど忘れてしまったら消えてしまう。そのことを知っていたから悲しかった。
この世界の当事者がわたしで、この記憶の所有者はわたしで、星が降ったことも忘れてしまえば消えてしまう。墓石みたいな温度、横たわったときに背中から逃げていく生気。嬉しかった、今日も不幸で嬉しかった。遠くに見える煙草の火とライターの点滅は、そこだけが赤く黄色く膨らんで、星が生まれて消えることのその瞬間みたいで眩しかった。
こんなこと。事象の輪郭に釘を打って留めておくように言葉を迷いながら、恐る恐る話した。消えないで消えないで、そんな身の丈に合わない我儘を偶然出会ったあなたにも押し付けた。無責任で申し訳ないと思っていたのよ。言えなかったけれど。

廊下でおおきな声で名前を呼ばれた、嘘をつけばよかった。隠せばよかったことが沢山。いつ学んだのか分からないルールのもとでいきる集団、わたしはとても大きな宇宙を背中に貼りつけて孤独を嗜んでいる。首の短いあの子のことを忘れて生きたことはないよ。あの頃わたしたちはすこし甘いお酒を飲みつつ、言葉をかいてうたをうたった。アイスクリイムを溶かす夜だったね。木の壁で囲まれた部屋だった。床が冷たくて、急な傾斜の階段を降りて沢山の猫と暮らしていた。
そりゃ愛されて生きるだろう、納得のいくあの子の生活を目の当たりにしてますます死にたくなったこと、そんなことは伝えなかった。傍にいればいるほど敗北感に触れている。あの子を変えてしまったものは「勝利」だったからとてもきもちが悪くて二度と目を合わせないようにした。もう指を絡めることもないだろう。もうわたしの現れない人生を、どうかこれからも大切に生きて。

そして、また無くした。無くしてしまったの。悲しくなれば同じほどの言葉が生まれてしまって、こんな人生はしたなくて嫌ね。大切なひとはみんな居なくなる。わたしが捨ててしまうから。寒い日のあたたかい部屋は暖房を切る。だけど先輩が震えていることに気がついてからはもう駄目だった。朝、目覚めてからわざと舌を噛んだ。こんな悲劇じゃあなたを連れ回せない。ついて来なくていいのよ。その気になればひとりでゆきたくなってしまうのだから、突然離れるくらいならばここで引き返して。わたしはここから徐々に見えなくなるあなたのその過程を眺めていたい。
昨日ある人は、人生が喜劇であるか悲劇であるかを説いた。午前中だと思って訪れた部屋はもう昼を過ぎていた。わたしたちはほんとうは喜劇である人生を生きていたけれどだんだん退屈になって自ら悲劇へと書き換えているのだと。今日というのは神様にセンスがないがために生まれてしまった悲劇ではなく、フィクションの中を生きるための暇つぶしなのだと。前世を信じる人のいう、おいでよなんて言葉に浮かれてあの部屋のなかには色んな気持ちが滞在していた。当たり前に永遠では無くて、そして当たり前に眠かった。
時々のわたし、立ち上がるために手を貸してくれたひとたちの指を切り落としている。もう二度と手を差し出させない。助けを求めない。傷をつける必要なんてきっとなかったのに大袈裟に怪我をさせた。朝起きて、宝物を捨てた。10さいのとき、つむじのあたりを頭皮ギリギリまで髪の毛切って、川に流したことがある。もう要らない。宝物は持たないでゆく。転んで壊すのは嫌だから、捨てるのだ。転ばないで歩くことはきっと出来ないだろう、これまでもこれからも。そんな時に立ち上がる方法をわたし以外に託してしまってはいけないとどこかで自覚している。抜けた歯がもう生えてこない。

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