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本の記憶。 新書『丸山ワクチン』


1976年9月発行。著者は丸山千里。

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KKベストセラーズから刊行された新書版、ペーパーバックである。この本はわたしの人生初ともいうべき苦難と結びついている。

発端は1983年の夏、母にガンが見つかった。胃がんで、末期でもう直しようがない、医者からあと10ヶ月くらいの命ではないかと宣告された。このとき、母はまだ64歳だった。肉親の、それも最も大切にしていた人の死を宣告されて、このときは本当に辛かった。それで、あれこれ何とかならないかと考えて頼ったのが、丸山ワクチンだった。当時、医者から手遅れと見放されたガン患者がそのあと、頼る術というのは丸山ワクチンしかなかったのである。これはいまもそうかも知れない。ウィキペディア(たしか)の説明。

丸山ワクチンは、日本医科大学皮膚科教授だった丸山千里博士(1901-1992)が開発したがん免疫療法剤である。無色透明の皮下注射液。1944年、丸山によって皮膚結核の治療のために開発され、その後、肺結核、ハンセン病の治療にも用いられた。支持者たちは末期のがん患者に効果があると主張しているが、薬効の証明の目処は立っていない。1976年11月に、ゼリア新薬工業から厚生省に「抗悪性腫瘍剤」としての承認申請を行うが、1981年8月に厚生省が不承認とした。ただし、「引き続き研究継続をする」とし、異例の有償治験薬として患者に供給することを認め、現在に至る。

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これが丸山ワクチン。ネットの日本医科大のホームページにはこういうようなことがかかれている。

丸山ワクチン(SSM=Specific Substance MARUYAMA)は1944年、皮膚結核の治療薬として誕生しました。ワクチンの生みの親である故 丸山千里博士(元日本医科大学学長・1901~1992年)にちなんで後に丸山ワクチンと呼ばれるようになりました。皮膚結核に対して驚くべき効果をもたらしたこのワクチンは、ハンセン病の皮膚障害、発汗障害、神経障害にも効果を上げました。皮膚結核やハンセン病の治療に打ち込むなかで、あるとき、この二つの病気にはガン患者が少ないという共通点が見つかりました。このようにして、ガンに対するワクチンの作用を調べる研究が始まりました。
1964年の暮れ、丸山は実際のガン治療にワクチンを用いることを決意し、知り合いの医師にワクチンを使ってみてくれるように依頼しました。そのうちに、あちこちの医師から「ガンの縮小がみられる」などの報告が届くようになります。なによりも驚いたのは、ワクチンを打った末期ガンの患者さんの中に、ガンと共存して何年も元気に暮らす人が現れるようになったことです。「ワクチンを使えば、人がガンと共存できる道が開けるのではないか?」丸山は、体からガンを排除する従来の治療法ではなく、ガンを体内に宿したまま生きる方法もあると確信し、こうしてワクチン療法によるガン治療が始まりました。

もちろん、わたしが丸山ワクチンにかかわった35年前にはインターネットなんてないから、ワクチンについての情報は、勢い、冒頭に挙げたような本に頼らざるを得なかった。記事のなかの延命した人たちの経験談をむさぼるように読んだ記憶がある。

わたしは毎月、一回ずつ千駄木の日本医大を訪ねて、ワクチンをもらい、それを福島の郡山市の母が世話になっている病院の医師のところに届けた。この、秘密の旅行は本当に辛かった。わたしにとっては、母親は〝理想の女第一号〟のようなところがあり、大好きな女だったのだが、母に会うのが苦しいというのは初めての経験だった。あれから30年以上経過しているのに、丸山ワクチンの立場が全く変わっていない、非公認有償治験薬であることに驚く。
要するに、ガンは早期発見のシステムを確立することで次第に昔のような死病ではなくなってきているのだが、末期で発見された手遅れの患者には文字通り手遅れで、患者の闘病を見守る家族が施薬治療できることといったら、いまでも丸山ワクチンくらいしかない。

結局、わたしの母はこれらの薬石の効果なく、医者の言った通り、ガンが見つかってからきっかり10ヶ月後に死んだ。仕事があって東京にもどっていて、わたしは臨終に間に合わなかった。ずっと母に付き添うというわけにはいかず、東京と福島と行ったり来たりしていたが、亡くなる数日前、これが最後かも知れないとおもいながら、母親の入院している病院の病室(個室だった)に一晩添い寝してすごした。そのとき、「二人だけの秘密だよ」といって、おでこにキスしてハグしてあげた。大正生まれの女だったから、息子とはいえ夫以外の男に抱きしめられるのは初めての経験だったのではないかと思う。母はすごく嬉しそうだった。わたしには、それが救いだった。この本はそういう苦しい経験と結びついた、重い記憶の絡んだ本なのである。



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