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第一章 出発〜霧の街から〜

それは、長い雨が降り続き、異常寒気や熱波や、世界中で天候の異変ばかりが続く、二十一世紀も始まったばかりのある年の暗い夏の終わりのある日のことであった。
この日の黄昏も日没間近に迫ると、坩堝の底のような家々のぎっしりとした建ち並びの中に薄闇流れ込み、赤く夕日に染まったその街の盛り場の裏町にある時間貸しの安ホテルの一室では、まだ宵の口だというのに、三十代や四十代の、その日の夕方までにどうしても現金が必要な主婦たちが初対面のよく知らぬ男達を客にとって、ギシギシとベッドの軋み音をさせながら、パートタイムの売春に入れあげて、性本能を極限まで高ぶらせて、全裸のままで彼女達を上から組み伏せた男に思い切りしがみついて、腰を激しく左右に揺さぶり、「アー、死ぬ死ぬ! アー、いくいく!」と大声をあげていた。そこにはただただ、純粋にどこかに向かって突進していくような、たとえどんなふうになっても生きていたいという盲目的なエネルギーが渦巻いていた。男と女が身体を交えることに熱中するベッドのかたわらで、部屋のテレビの画面はちょうどニュースを放映中で、番組のキャラクターを受け持つ、四十代の化粧の濃い女のニュースキャスターが官僚たちの汚職を声高に報じていた。そのホテルのある町の表通り、銀行やデパート、安売りの薬屋やスタンドコーヒー、宝くじの売り場などの建ち並ぶ盛り場では、髪の毛を金色に染め、鼻の頭や唇の縁にピアスをした若い男や女が急に街角に立ち止まって、くわえタバコのままで、動きの早い黒い雲の拡がる空を怯えたようなまなざしで見上げた。もう暫くすればこの街に、どこかで何かまた、良くないことが起こりそうな予感がいっぱいに漂う禍々しい夜がやってくる。時計を見ると、すでにもう午後六時半だった。

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