空壜
路地の奥、無数の役割のないパイプの奥
そのドアを開けて、さらに奥、
勤勉に廻転する室外機の上に佇立するのは、
すべての夜とすべての朝陽の、
〈時間〉をもつ透明な王―
そこに立つ、ということのみごとさを
容易に跳ね返しながら、
峻厳として、存在しない。
認識とかかわる存在をすべて否定の閾値にくりいれ、
かれは〈無〉さえも関数にする。
狭隘な路地裏はそれでも宇宙である。
一つの細胞を
顕微鏡で眺めた時と同じ
宇宙である。
「彼ら」がもし路地を一瞥したなら
宇宙の秘儀はひととき失われ、
われらが王はただの空壜にもどるが、
夜の底に地鳴りのように蠢動する
都市喧騒の交響、
電気配線と水道管の奏でる雑駁な音楽が、
葉脈の路地裏を震わせ、
われらの我らの瞼の裏に芽吹く。
われらが目醒めるのではなかった。
街がわれらを目醒めさせていたのであった―。