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[読録]退廃的、黒。 ― Edger Allen Poe「黒猫」

 認めよう。確かに、黒猫の眼、その神秘的な妖しい光りのなかには、なにか人を恐怖させるようなものがある。しかし、それだけで人々は黒猫を「不吉」のシンボルとして扱ったりするだろうか?

 

 そのような問いに対する一つの答えは、エドガー・アラン・ポーの「黒猫」のなかにある。

 この作品は、ポーの作品群の中で代表的な位置づけを為している作品で、なにより短編の中で優れた輝きを放っている。短編小説というのは、普通の小説や、だらだらと書くような長編のエッセイとは違って、緻密な構成力と展開の妙が不可欠だ。

 この作品における「黒猫」は、語り手に飼われるただの猫から、語り手を呪い、運命を倒錯させるような力を持つ「呪物」へとあざやかに展開する。語り手の飼い猫プルートー(plutoはローマ神話で冥界の神の意)は、語り手の酒乱と衝動的な癇癪によって片目を抉られ、果ては殺されてしまう。そこから、真の意味で物語は駆動する。語り手の家は原因の解らない火事で焼け落ち、黒猫の烙印が家の壁面に焼き付く。それは鮮烈な黒―呪いのモチーフである。

 そしてもう一匹、プルートーと瓜二つの黒猫があらわれる。語り手は良心の呵責からそれをまた飼うことにする。その猫の胸元には、プルートーとは一線を画す白い斑点があった。この白い斑点は、次第に大きくなり、だんだんと形を成してゆく。物語が完成する頃、それはくっきりとした絞首台の形へと変わっている。

 この作品においては、短編作品にもかかわらず、多くの要素が結末への伏線として用意されており、恐怖小説としてだけでなく、物語として秀逸である。呪詛としての〈黒猫〉をはっきりと描いたという点において、現代に通じるテーマを、ポーは切り拓いている。緻密に美を求めるポーが描く「黒」は、単色ではなく、複雑な色彩を帯びてくる。

 焼けつくような、黒い色彩。死と恐怖に彩られた極上の「黒」が、ここにあるのだ。