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自分を見てほしい→幸せになりたいへ

自分を見てほしい自分を見つめる

愛着の問題が何歳からでも立て直せることを知って、自分を見てほしい自分を認められるようになってきた。

これまでの人間関係の難しさは、承認欲求の強い私が、承認欲求の強い他の人と、誰かの注目を奪い合っている感じでトラブルになっていたんだと思う。

あ、また自分を見てほしい、認めてほしいって感じてる。そう感じてるなーって思うだけで、これまでコントロールしづらいと思っていた承認欲求が、ふわっと軽くなるような感じがした。

自分で自分を認めてあげるってこんな感じなのかな。

何のために頑張っているのか

自分が常に120%の勢いで生きないといけないような、そんな毎日を過ごしていることにも気づく。

産休・育休をもらって働き続けるには、あなたが居てくれて良かった(たとえ、長期で休んでも、復帰後しょっちゅう休んだりしても)と思ってもらえる存在でなくては。
自分で生み出した縛りにがんじがらめになっていた。

頑張り続けなければ、ここにいる価値が私にはない。そう思い込んでいた。

がむしゃらに生きてきて、ふと我に返ったのだと思う。
身体を壊してまで、家族につらくあたってまで、私は一体何をしたいんだったっけ?

幸せになりたい

これまでは、自分を見てほしい、自分を認めてほしい、すごいって言われたい、そんな気持ちが優先だったと思う。

でも、改めて、自分は幸せになりたい、そう言葉にしてみる。

じゃあ、幸せになるには、どうしたらいいんだろう。

幸福学の前野隆司先生のいう、幸せの4つの因子を思い出す。
①「やってみよう」因子 → 「主体性」

②「ありがとう」因子 → 「つながり」
③「なんとかなる」因子 → 「ポジティブに考える」
④「ありのままに」因子 → 「本当の自分らしさ」

「やってみよう」や「ありがとう」は日々意識できてる気がする。
「なんとかなる」や「ありのままに」はまだまだだと思う。

本当の自分らしさを知って、前向きに生きていけたら、楽しいだろうなぁ。

次の一歩

あいかわらず、仕事では誰かの問題に振り回されながら、でも、人に恵まれて、それなりに楽しくやっている。ただ、何か物足りなさを感じたり、激しく動揺してしまうことがあって、もっと平穏な心をもって過ごせたらいいなぁと感じていた。

心を落ち着けることを意識しつつ、本当の自分らしさを知るのが次の一歩だった。

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