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唐突に赤の他人に話しかける方法 2022年6月3日

夕方、街を歩いていたら、 

学校帰りと思われる小学生の男の子が  

すれ違い様にこっちを見ながら

最っっっっ高に明るい笑顔で、


「グッバイ!!!!!」


と言ってきた。



知らない子だった。



どうするのが正解か分からず、  


私も


「グッバイ!!」 


と返した。


少年は

満足そうに笑い、

西日に照らされながら

私の横を通り過ぎていった。



太陽みたいな、まぶしい笑顔だった。
















???








自分は、知らない人から声をかけられることが多い。
理由の一つは、多分、顔にあんまり「圧」が無いからだと思う。岸田劉生の『麗子微笑』似の薄顔をしていて、おまけに頭の中も大体上の空で、その「平和そうな感じ」が功をなしてか、知らない人……主におじいちゃんおばあちゃんから、しょっちゅうお声がけをいただく。比較的、話しかけやすい顔なのだろう。そして時々、上のような物怖じしない少年からも、友達のような感覚でお喋りがけをいただく(←そんな日本語は無い)。

内容は、道を聞かれたり、「良い天気ですね」なんて何気ないものだったり、色々。グッバイは流石に初めてだったけど、とにかく、こんな呑気な赤の他人たちと、ふわっとしたやり取りをしながら毎日生きている。町全体の穏やかさもあると思う。気さくな方が多くて、声もかけやすい。平和な良いところに住んでいます。

と言っても、知らない人にホイホイ声をかける子どもって、少し心配でもある。あの少年も。危険な目に遭ってないといいな。


『麗子微笑』といえば、ゆにばーすのはらちゃんがInstagramでモノマネの写真を投稿して、「似てる!」と反響を呼んでいた。

はらちゃんも、誠に勝手ながらM-1やYouTubeで見るたびに「私だ……!」と思っています。麗子さんもはらちゃんも同じくらい自分に似ていると思っていたので、モノマネをしていると知った時は、何かとんでもない伏線回収をしたような感覚というか、自分を介さず(介せないだろ)繋がりがあったことに物凄く感動した。はらちゃんもまた、自身が麗子微笑に似ていると思っていたなんて。私の感覚は間違ってなかったんだ。いつか直接漫才を見に行かせてください。赤い肩掛けを羽織って劇場のA列あたりで手を振ったら、認知してくれるかな。

余談なのですが、昨年のM-1出場者の中で今一番ハマっているのはランジャタイです。ウッチャンナンチャンのネタが頭から離れません。助けてください。



ーーそれにしても、あの少年はどうして「グッバイ」と声をかけてきたんだろう。「なぜ私に?」より、「なぜ赤の他人に?」より、「グッバイ」という言葉のチョイスが気になる。


「こんにちはーー!」や「こんばんはーー!」なら、ここまで狼狽しなかったと思う。聞いたこともないグッバイだから焦ったんだ。

なぜだ、

なぜ「good-by」だったんだ。




「さようなら〜」なら、まだ分かるけど。


交通安全の緑のおじさんに声をかけるくらいの感覚だったのかもって、分かるけど。

なぜだ。なぜ英訳した。

そこに深い意味はあったのかい?なんも無いのかい?



少年……

少年……気になるよ…………


少年…………


君が誰なのかすら知らないけども、ともかく私は「上手い……!」と感動したよ。


グッバイとは別れの挨拶だから、つまり会話の終止符。そこで会話が終わる。またお互いの行く道へと歩き出す。だから仮にこのやり取りが人違いだったとしても、「すみません、間違えました」と訂正する隙が無い。開口一番が「グッバイ」なら、人違いだった……という気不味い時間が来る前に、会話が終わる。


〜新発見〜
「人違いをしてしまっても、かけた言葉が『グッバイ』なら恥ずかしくない」



類稀な「赤の他人に話しかけても恥ずかしくない方法」の発見じゃないだろうか。世界初だったりしない?


少年、君は「人違いをしてしまっても恥ずかしくない言葉」を見つけたんだよ。


それを世界中に広めているところなんだろう。


だからグッバイだったんだろう。


なあ、少年。






(今日のやりとりが人違いだったかは、少年のみぞ知ることだ)






(気になる……)

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