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デンパチ!(ごめん、きみのこと覚えてない。笑)

おれは精神科病棟に合計3回、述べ一年くらい入院していたことがある。

理由は3回とも同じ。
希死念慮がたまらなく酷くなり、そのまま本当に死んでしまうのが嫌だったから。

希死念慮というと(死にたい)という気持ちのことを指すと思われがちなのだが、当人からすると少し違う。

あくまで感情なのだ。
こんなに思考に縛られて苦しいのなら死んだ方がマシというか、、、楽になりたいというか。

抜け出したくても抜け出すことが難しい。

希死念慮は感情だということを、頭で理解して冷静に自分のことを観察している自分もいた。

希死念慮に至る経緯は人それぞれでしかないと思うが、おれの場合は自信を失い、自分の足で立つことが難しくなり、抜け出し方がわからずずっと同じ場所でもがいていた。

それに疲れるとほんとうにもう何もかもが嫌になるばかりだ。
そうなると孤独が怖くなる。
無限の時間の牢獄にひとり閉じ込められた気分になるのだ。

そんなときに入院をすると、他人がいる安心感からか、それだけで大抵の憂鬱はふっとんだ。

人と関わりたくなくて引きこもり生活をしているのに、人を求めていた自分に自然と納得する。そんな気分だ。


おれの目には、精神科病院はとてもフラットな世界に映っていた。


みんな色々あって、そこにいた。
色々あるからそこにいる。


学校も試験も仕事も何にもない。
それでいいのだ。


たとえば、足が折れて入院しても同じだろう。
手術をしたら安静にする。経過をみてリハビリをする。

そこで無理やり走りだそうものなら、医師に怒られてもおかしくない。


「どんな人たちがいるの?」


精神科に入院したことのないひとから、尋ねられることがとても多い質問だ。

「どこにでもいる人たち。」

とおれは答える。

たとえばこれを読んでいる人たちも、小学校とか中学校に通った経験がある人は多いと思う。

そこにどんな人が通っていたかなんて、とてもじゃないけどひとくくりに答えにくいでしょ。

おれは精神科病院に入院している人について尋ねられたときに同じような感覚に陥る。

どこにでもいるおじさんやおばさん、お兄さんお姉さん、ちょっと気難しいおじさんやおばさんだったり、すぐに興奮してしまうおばあさんやおじいさん、笑うのが好きな人、ひとりでいるのが好きな人、やさしい人、少しいじわるなひと、みんなの人気者から、ひねくれ者まで十人十色だ。


社会という枠組から外れて、精神科病院という中で暮らしているだけでしょうもないプライドや意地から生まれる格差など無くなる。
はじめからそんなものは幻であったかのように。

フラットというのはそういう意味だ。


怖い思い出や笑える話などたくさんあるのだが、今日はデンパチについて話したいと思う。

デンパチとは電気けいれん療法のこと。

頭に電極をあてて電気を流す。

ちなみに誤解のないように先に書いておくと、おれはデンパチ未経験だ。
実際のところ、どんな効果があるのかはわからない。

おれの入院してた病院では、1人の医師だけが電気けいれん療法を行なっていた。

適当に短く刈った頭に、長い白衣をヒラヒラさせ、冬でも素足にサンダルで病院内の喫煙所でタバコを吸う姿が印象的だ。

自分が担当している患者以外とはあまり関わりを持たないためか、人柄などはベールに包まれていた。

その先生は自分の受け持つ患者からは絶大な信頼を得ていたので、おれからの印象はカリスマドクター。


病院内の喫煙所で仲良くなって毎日会話をする相手がいた。

同じ年で、絵を描いている人だった。

社交的で話しやすかった。
HIPHOPが好きだという話をすると、
彼女はとあるラッパーが主催しているアーティスト集団に所属しているとのことだった。

当時、インターネットでよく名前を見かけて曲も聴いたことのある人だったので驚いた記憶がある。

他にどんな話をしていたかは思い出せない、
まー、毎日会話するといえどタバコを二、三本吸う間の世間話だ。


あるときから二、三日姿を見なくなった。
そんなことは精神科病院ではよくある話で、知らぬ間に退院してたり、自傷して保護室にいれられたり、病棟内で謹慎をくらっていたり、まあそれぞれにみんな色々あるのであんまり気にしてなかった。

いつも通り喫煙所のベンチでタバコに火をつけると、その子が普段通り歩いてきた。

「おっはよー」

と普段通り声をかけると

向こうはメガネの奥の目を細めて、

誰だコイツ、、、??

といった顔でこっちにゆっくりと近づいて来た。


今までに、他の患者さんから、自分のなかでは何もした覚えがないのに急に嫌われて目も合わせてもらえなくなったり、すごい剣幕で怒られたりした経験はあったが、、、


これはまるっきり新しいパターンだ。


彼女はいつも通りおれの隣に座ってタバコに火をつけてこういった。

「ごめん、キミとしゃべったことある気はするんだけど覚えてなくて!笑」

「なんか最近調子が悪くてさ、久しぶりにデンパチしてもらったんだよね。」

(デンパチとは電気けいれん療法のことである。)

「デンパチしてもらうと嫌なこととか一時的にスッキリするんだけど副作用で前後の色んな記憶も吹っ飛んじゃうの!笑」

と自然な笑顔で今まで通りに話す彼女の口からは一切の嘘をついているように思えなかった。


というか全部本当の話だろう。
記憶がなくなるより前と同じ話もしたが、本当にリセットされているようだった。



まだまだ世の中には自分が知らないことがたくさんあるな。

と思った。





白米が食べたいです。