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直美生誕54周年記念作文

直美へ。
大変でしたね、色々ありましたね。
ぼくはこの前やっと反抗期が終わりました。
第二次反抗期のはじまった頃、あなたと家庭裁判所を通して戦ったことは今となってはいい思い出です。
相も変わらず誰の言うことも聞きたくないぼくですが、最近はあなたの言うことなら聞いてもいいんじゃないかなぁと思っています。

エモーショナルで聡明、そして乙女な直美。
最期はアルコール消毒のし過ぎでくたばりましたね。
死期を悟ったあなたが全力疾走する姿は、今もおれの心に焼き付いています。
母親としての教育、ちゃんと完結させてくれましたね。けつ合わせは大切なこと。

ぼくは何年もずっと死にたかったのに、直美が死んでから一切死にたいと思わなくなりました。
ふたりで一緒に、冬の雪山に遭難しに行かなくて本当に良かったと思っています。
ちなみに直美が死んだのは8月でしたが、綺麗で穏やかな死に顔でしたよ。流石。

ブッダをはやくから紹介してくれたことは感謝をしております。
しかし、酔っ払うとぼくのことを舎利弗と呼ぶことを当時は本当にやめて欲しかったのです。今では思い出すとおかしくてたまりません。
「わたしは天竺を目指す三蔵法師、つばさくんは孫悟空♪」
くらいにデフォルメしてくれてたらおれももう少し付き合えたかと思います。

生まれたときから、ぼくの頭が良すぎてたくさん苦労をかけたと思います。
学ぶことは楽しいことだと、自分が物心ついたころには芯から理解させてもらっていた記憶があります。
今のおれに備わる、あらゆる感覚、センス、全てあなたからの贈り物です。

ハタチを過ぎた頃、脳みそが焼き切れて、感情が鈍麻し文章もマトモに理解ができなくなったことに長年苦しみました。
ずっと病気じゃないよって言い続けてくれたおかげで、今は自分のことを疑わずに生きれています。

ま、お前らが病気っていうなら病気なんだろ、知らんけどw鼻ホジー

西田家ではよくあること。
ヨソはヨソ、うちはうち。

今でもたくさんありがとう。
H.I.S.の幸せハッピーをバックに今日も踊りましょう。

追伸 エムネムのカーチャンみたいにおれのことを訴えないでください。

白米が食べたいです。