いっせーのーで④

田園風景といえば、聞こえはいいが、このろきちゃんの地元にわざわざ移住しようとする人はまず、いなかろうし、この土地で育ちさえしなければ、どんな正の感情も喚起しそうにない、そんな風景が目の前に広がっている。でも、隣の家が取り壊されてないってことは、現在じゃないことは確からしい。7、8年前か?大学入試で全落ちしたあの年も、そういえばこのくらい雪が積もってた気がする。
「行ぐぞ」
どうやら、じいちゃんと新幹線のチケットを買いに、隣の街の駅まで行かなきゃいけないみたいだ。ってことは、そっか、これから浪人生活が始まるっていう、ろきちゃん人生の段階にタイムスリップしたようだ。

車の中、じいちゃんと2人っきり。元々、口数の少ないじいちゃんだが、尚のこと、何を話しかけたらいいか、分からないのだろう。
「あれだが、大丈夫なんだが」
「うん。大丈夫だよ」
「んだが。野菜ばり食ってな。肉だげ食っでたら、ダメだからな」
「うん」
じいちゃんなりの優しさなのだろう。あの時には感じ取れなかったことも、感じ取れるようになった気がする。
「じいちゃん、車出してくれてありがと」
「ほげだこと、いいなだ」
明日か。明日、少し離れた、とても大きな街の予備校の寮に入ることになってるようだ。仕事から帰ってきた両親も、勉強の話はしないが、明るく話しかけてくれる。確かあれだっけ。ろきちゃんが実家から出て、寮に入る寂しさで、それまで禁煙していた父親は、タバコをまた吸い始めるんだっけか。明日から、父さんはまた、タバコを吸い出すのか。

「いつかの忘れ物を取りにい区」
何の目的で、この時にタイムスリップしたのか、どうやったら元の世界に戻れるのか、元の世界の時間も同じように進んでいるのか、何も分からないが、少しだけ胸が高鳴るろきちゃんがいる。忘れ物が何か、大体見当がつく。だったら、静かに時の流れに身を任せよう。

まだ、懐かしさがある寮だ。ろきちゃんはこの寮で1年間過ごすことになるのか。予備校の授業の開始は意外と遅い。4月の後半から通常の講義が開始される。3月の後半に入寮してから、それまでの期間は、春季講習の期間だ。追加でお金を払って受けたい講義を受ける。全く、受験産業はとんでもないビジネスだ。

今の自分の学力を考えて、何が必要か、何が不必要か、今考えるのはそこじゃない。出来るだけ、あの時と同じように、なんとか思い出しながら、講義を選択する。
「現代文 論述問題対策講義」
これだ。これだったはずだ。

なんで、前の席に座るだけでやる気があるように見えるのだろうか。別に後ろに座るからといって、携帯をいじってやろうと思ってるわけでもないのに。でも、後ろに座ると、少し天才っぽく見えそうだなと思う。後ろの席で、誰と相談する訳でもなく、問題を解く。やっぱ、かっこいいわ。1番良くないのは、真ん中付近の席に座る人か。天才みたいにも見えないし、すげぇやる気あるようにも見えないし、なんなら、教壇からは最も死角かもしれない。

そんなことを考えながら、あの日が来る。あの日、あの時が来る。「現代文 論述問題対策講義」の講師の先生に質問をしに、講師室に行く。先生に教えていただく順番待ち。三品先生はやっぱり人気だ。あの娘だ。

「すいません」

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