いっせーのーで⑤

「すいません」
「はい?」
「講師室ってどうやって使うんですか?初めてで分からなくて」
「どうやって、と言いますと…」
「あ、ここで、先生探して声掛けていいんですか?」
「あ、はい。多分それで、大丈夫だと思いますよ。多分」
「ありがとうございます」
「あ、あの。現代文の論述の授業受けてますよね。三品先生の」
「あ、はい」
「また授業で」

オシャレに、また授業で、なんて言って会話を締めたところで、次の授業で会っても、特に何か話しかけたりもしないのだろう。このろきちゃんは。でも、久しぶりといっていいのか分からないが、久しぶりに彼女と言葉を交わすことができた。

勉強をボチボチ進めなきゃいけない。勉強のお供に、中央交通連盟の「金輪際ごめんなさい」を聴こうと思うが、そっか、この時にはまだリリースもされてないのか。そう思って、アナーキーインザスカイの「あの子に合わせる顔がない」に手を伸ばそうと思ったが、これもまだ聴くことができない。そっか、タイムスリップしてたんだっけと、実感する。YouTubeのおすすめに出てくる動画をばーっと見てると、懐かしくなってくる。Galileo Galilei の「恋の寿命」とか、UNISON SQUARE GARDEN の「君の瞳に恋してない」とかを聴いてるなぁ。

久しぶりに、これだけ机の前に向き合うのは非常にキツい。大学を卒業してから、就活の方が、浪人時代の受験勉強よりキツかった、とか言ったが、あれは、より昔の辛い記憶が薄れているだけだったのだろう。受験勉強めっちゃ辛いじゃん。この世界線のろきちゃん、ごめん、ろきちゃん受験勉強頑張れそうにない。

ってか、やっぱりすごいと思う。大学を出てから思う。高校までの知識、更には、大学入試に要された知識など、大人になってからは、使わない。使わないけど、今の形の大学入試はめちゃくちゃ大事だと思う。なぜ大事だと思うか。大学入試のための知識は全くもって必要ないからだ。不必要なものを、ある目的のために、青春を費やして、身につけようとする。この過程こそ、大学入試を経験する、意義ではないか、と今思う。無駄なことに、どれだけの情熱を注ぐことができるか、若者たちのその後の人生の過ごし方にかなり関わってくると思う。そう思ったら、馬鹿みたいな参考書が世間には溢れている。「1週間で完成!〜」「これだけやれば80点!〜」そういうことじゃない。時間を費やして、哲学を作るのだ。最短なんか意味ない。今、この自習室で自習してる受験生よ!がむしゃらで泥まみれになっても草木を掻き分け進むんだ!

そして、ついに始まる。予備校のレギュラー講義期間。時間割が配られたり、ここに目標書けだの、なかなかに意外と過保護なのが、この予備校だ。そして目線の先にいる…。あの時、講師室で声をかけてくれた…。

「あの!久しぶり!」

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