小説「暗闇」②

春休みは嵐のように過ぎ去った。塾と自宅の往復で、勉強がどれほど捗ったことか。やっぱり、学校なんか行ったって意味がないんだ。本格的に受験生と呼ばれるようになる。これで、周りも本気になり、勉強しやすく…はならなかった。体育祭だ。3年生は最後の体育祭の準備に大忙しだ。誰が作ったのか、「受験は集団戦」などというスローガン。そんなもので僕らをまとめ上げようと思っても無駄だ。僕は、こんな奴らとは歩調を合わせられない。

クラス対抗で行われる、まだ過ごしやすい春の体育祭は生徒たちには人気だ。僕は、そんな行事に積極的に参加しようとしないので、きっと余り物の競技に振り分けられることになろう。まぁ別に、得意なスポーツなどないし、それが本望だ。

なぜ、体育祭に参加しようとしないのか、言っておくが、僕に友達がいないわけではない。僕には、5歳の頃からの幼馴染である亮平がいる。アイツは何かにかけて、僕に話しかけてくれる。

「啓吾!競技、何がいい?」

クラスの中心的存在の亮平が、僕に話しかけたせいで、クラスのみんなとの距離はグッと縮まっていく。まるで、重力に引っ張られるように。クラスのみんなでどの競技に誰が出るかを決めているというのに、僕に1on1で直接話しかけてくるなんて、亮平は懲りない。

「なんでもいい」
「やっぱ勉強したい?」

亮平の仲間うちが話しかける。答えない。答えないで、開いていた化学基礎の教科書を、そっとしまう。

「今度、微分積分教えてよ。俺分かんねえのよ。あれ」

こんな奴らにつきあってられるかよ。顔が熱くなってきた。

「あれ?俺今、無視されてる?」

クラスがドッと沸く。

「もう!幸希うるさいよ。啓吾何出るって。器械体操とかになるよ」
「体育祭に器械体操ないだろ」

またクラスが沸く。

「じゃあ、バレーで」
「オッケー。啓吾はバレーっと」

くだらない青春の1ページに強制的に参加させられて、ため息が出る。そのため息には安堵の成分が少しばかし入っていることには、目を瞑る。なぜバレーと言ったかは分からない。

ホームルームでの話し合いが終わり、亮平がこっちに寄ってくる。

「一緒にバスケしたかったな」
「俺がバスケなんかやったら怪我するよ」
「たまには遊ぼうぜ。じゃ、部活行ってくるわ」

亮平は他の人と違う。サッカー部でエースで、超がつくほど人気だが、本当はこっち側の人間だと思っている。こっち側の人間だと思っていた。最近は、そうも思えなくて、ちょっとだけ距離を置いてしまう。

帰り道。なぜかめちゃくちゃカップルとすれ違ってしまった。嫌な気に取りつかれてしまったかのように、勉強が捗らない。なので、音楽プレーヤーを握りしめ、夜の町に向かう。

こんな暗闇の中では、目の前で起こったことが本当のことかどうか分からない。見えないのだから。スキャンダルのあった、あのアイドルが、あの人はただの友達です、と言っても、本当かどうか分からない。僕には、この暗闇の夜の方こそが、昼間よりもずっと世界をよく表している気がしてならない。何が本当かどうか、どうでもよい。何を本当だと信じるのか。アイツらは、恋人がいることを人間の価値基準と、信じているのだろう。そう思うと、可哀想な気がして、帰り道のアレは、こっちが大人として折れればいいか、と思えてくる。そういえば、「いっつも勉強頑張ってるもんね」という言葉が脳から離れない。柴田さんは体育祭どの競技に出るのだろうか。そんなことが脳からなかなか離れてくれなくて、死後の世界について考えてみたら、今度は死後の世界についての思考が止まらなくなった。よし。もう少し勉強してから寝ようか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?