今の気持ち

こんなところ消えてしまえ、と思っていたこの場所に、ろきちゃんは思いの外に依存していたらしい。今日という日が来るまで、自分で立っていたと思っていたこの場所は、色んな人の支えで、或は他人の力によってなんとか立っていたに過ぎなかったんだなと思う。

全く行く気の無かった卒業式に行こうと決めたのは、学生としての自分自身に別れを告げる為、といえばあまりに耳触りが良すぎる。それでも、ある種の使命感に駆られて、親の分まで行っとこう、という気持ちだったと思う。大学の卒業式は別に行かなくても良い。ろきちゃんには、一緒に卒業式行こうと声を掛けられる友達はいないので、必然的にひとりで参加することになる。それでもいいと思った。会場はあの、パシフィコ横浜だ。さすが横浜国立大学。かつて、アイドルの握手会で散々通った場所に、もう一回行くことができる。それだけでも良かった。

こんなに人来んの?と勘繰っていた会場は、瞬く間に埋まった。着物に身を包んだ、綺麗な女性と、ビシッとスーツで決めたカッコいい男性によって。ろきちゃんは、最近買った、ベージュっぽい漫才の衣装で行った。この格好で行けば、浮くんじゃないか、もしかしたら、卒業式の中に存在意義を見出せるのではないかと考えたのは、呆れた考察に過ぎなかった。皆のフィルターは、青春の残り香を精一杯謳歌しようという意識なので、そこから、ろきちゃんはその他大勢と化し、そして、ろきちゃん自身それを感じてしょうがなかった。ただベージュのカジュアルなスーツを着てるだけ。それならばと、皆が醸し出す青春の残り香をろきちゃんも嗅ごうとして、でもそれは、自分には毒だったと気づいて、スッと鼻を覆った。

まだ、やんなきゃいけないことがあるような気がして、このまま帰ったら後悔するような気がして、でもそれはどうしようもないことであることに気づいて、もし、後悔なるこのもやもやを払拭したいのなら、大学入学当初からやり直せねばならぬことにハッとした。現状維持が最良の戦略。写真を撮りたい。でも、撮ってくれる人もいない。またさ、ゴールデンウィークぐらいで集まろうぜって言いたい。でも、そう誓い合う人がいない。みんなの卒業式はまだ終わらないのだ。ろきちゃんだって、本当は卒業式があるので、と言ってライブに出るんじゃなくて、横浜を最後の最後に堪能したかったのだ。友達たちと。学位を受け取り、自分を納得できるようにする何かを探し回って、でもどこに行っても、その何かが見つかる気が全くしなくて、早々に帰路に立った。横浜国立大学ありがとう。それぐらいは言えばよかった。

今までゴミだと思って、蔑ろにしていたものは、この上ない至上の極みと言っても言い過ぎではないほどの宝物だった。やっぱり卑怯だった。沈黙を貫いたまま、鋭利なようで全く以て鋭利ではないただの僻みじみた思考で、誰か自分に気づいてくれ、見つけてくれ、そして輪の中に入れてくれと夢想したところで、そんなものには誰も気づいてくれやしない。なにかブレイクスルーを掴みたいなら、こちらもリスクを背負って、リスクとリスクで挑戦しなければいけないのだ。もしその挑戦をしなければ、よりリスクを背負うことになるのだから。遅すぎた。そのことが分かるまで、あまりにも時間がかかった。でも、大学生活残り1週間にして、そのことに打ちひしがれて、なんとかギリギリで学費の元を取ることごできた。ような気がした。

大学院でこそ、馴れ合いのようではなく、切磋琢磨し合える、そんな友人を作り、せめて修了式で写真を撮れるようにはなりたい。そんなことを相方の前で言ったら

「無理だよ。ろきちゃんはまた2年後におんなじことに気づくんだよ」

と一蹴された。

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