小説「暗闇」①

僕以外に誰もいない。この寝静まった町の風景は全て、この暗闇は全て、僕のものだ。僕だけのものだ。そう思った矢先、同じように真っ暗な町を闊歩する、少し年上に見える女性と目が合って、自分だけのものではなかったことに気づく。何かの気持ちを紛らわすために家を飛び出てきたはずなのに、この暗闇を横取りされた気分に支配され、何に折り合いを付けるために自分がここにいるかわからなくなった。この町には何もない。あるのは、暗闇だけだ。地平線よりも遠くまで、果てしない暗闇が広がる。この町を誰よりも愛していない僕は、この町を囲む暗闇が好きだ。朝焼けと共に、この上なく一様に動き出す町が嫌いだ。多様性を認めていないような気がして嫌いだ。何もかもに不自由を感じながらも、上京して、やっぱり地元が1番だと、主張する、あの人たちみたいにはなりたくない。それはただの敗北だから。敗北に感情を上乗せして、みないようにしただけのことだから。僕は全てに全力を投じたい。そうすれば、敗北することなんてないだろうし、仮に何かの間違いで敗北したとしても、きっと清々しいだけだろう。あぁ、もしかしたら僕には歌の詞を書く才能があるかもしれない。若者にグッと刺さる詞を書くことができるかもしれない。そんなありもしない万能感を感じてしまうのも、この町の夜のせいだ。もうすぐその夜が明ける。僕を、小さな世界の天才に演出してくれる暗闇はもうじき消え失せ、僕は普通の人間として、また1日生きていかなきゃいけない。

人口4万人弱のこの小さな町には、僕が生まれてから丸々17年間、世話になっている。何か際立った産業や、観光地があるわけでもなく、みんな、ここで生まれたから、ここに住んでいるだけの町だ。この町の若い連中は、しきりにこの町の悪口を言う。やれ、田舎で不便だの、やれ、商業施設らしきものがないだの、やれ、バイト禁止だの、部活は強制参加だの。それで、大学進学をきっかけに出て行くものの、結局みんなこの町に戻ってくる。それは、教師の面々を見てれば分かることだし、親もそうだった。先輩にもそういう人が多いし、もちろん、僕たちの世代だってそういう人が多いに決まっている。そんな町で育ったことよりも、この町の住人のメンタルの雑さに、僕は嫌気が差してならない。

聞いたこともないような大学に合格したという先輩たちが、我が物顔で自らの受験武勇伝を語り出して、何時間経過していることだろう。いや、まだ1時間しか経過していないということは、彼彼女らの話に、僕は相当興味がないのだろう。その証明に僕は今、片手に日本史の教科書を持っている。普段よりも勉強が捗っている気さえする。隣のクラスの担任に見つかったら、後で怒られるのだろうと思いながら、後で怒られることと、今日本史の教科書を読むことで天秤にかけた結果が、今の僕だ。「進路結果発表会」受験を終えた3年生が、僕ら2年生に受験の方法やら心得やらを説いてくる。もし、この発表会の演者が東大合格者なら是非、受験の心得を聞いてみたいし、大学全落ち者なら、今どう思ってるかをインタビューしたい。でも違う。進路指導課が今日集めた演者は、低めの第一志望か第二志望に合格し、一応胸を張って内外にお知らせすることができる成績を収めた生徒たちだ。正直、話も面白くない。自分に陶酔しているからだ。こんな自慢話の端緒を聞くために、僕は今、来年の受験のための勉強時間を削っていると思うと、自称進学校のこの高校に来たことが悔しくてたまらない。

教室に残っていても、特に僕を中心としたイベントが起きるわけでも、この愚痴をこぼすことが出来る友人が寄ってくるわけでもない。帰りの会を終えた教室では、テニス部の連中が喋りながらゆっくり着替えていたり、野球部の連中が怖い顔して急いで準備している。青春の1ページを横目にしながら、教室を後にする。受験生になるというのに、こんなに騒がしい教室では勉強などできない。

僕は塾に足を運ぶ。塾に行けば、勉強に集中できるから。受験に向けて、僕はアイツらよりも頑張るんだ。青春なんかクソ喰らえだから。

「進路結果発表会で日本史の教科書読んでたでしょ」

えっと、この人は確か、隣のクラスの柴田さんだっけ?いつも周りに友達がいる明るい女の子だ。

「うちの担任そういうの厳しいんだから気をつけた方がいいよ」
「あんなの聞いてたって意味ないでしょ」
「ハハハ!まぁね。いっつも勉強頑張ってるもんね」
「まあ」

高校生の過ごし方としては、僕が間違ってるわけがない。

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